30

へんな貝を拾った


今朝 市場で小銭を落として

拾おうとしゃがみこむと

地面に貝がいたんだ


貝はどこかに向かって歩いていた

短い足をよちよち使って

ときどき一休みすると

口からひゅーっと息を吐いた


どこに行くんだい

おれは貝に聞いてみた


貝はおれを見上げて

しばらく動かなかった

しかしやがて元の方を向いて

再び歩き出したんだ


おれは貝のあとをつけてみた

貝はおれを気にしているような

気にしていないような足取りで歩いて行った


雑踏のなかを貝は器用に歩いた

どうして誰も貝を踏み潰さないのか不思議だった


貝の向かっていく先に貝屋が見えてきた

なるほどとおれは思った

別れた仲間たちに会いに来たのか

あるいは助けに来たのだろう


しかし貝は貝屋を素通りした

見向きもせず

よちよちと歩いて行ったのだ


おれは調子を外されて動揺し

人にぶつかり尻餅をついた

その相手と少しもめて

貝の歩いて行った方を見たときには

もう貝の姿はなかった


おれはさっきの貝屋に行って

歩いている貝がいたんだが

わけを知らないか と聞いてみた


貝屋のおやじは無表情のまま黙っていた

かわりに一匹の大きなムール貝が語り始めた


あれは歩き貝といってね

歩くしか能の無い貝なんだ

あとをつけてみたって?

およしよ 意味ないことさ

あいつだってどこに向かってるかわかってないんだ

貝が歩くからそこに意味がありそうに見えるが

あいつにとって歩くのは呼吸するのと同じこと

あんたは何のために呼吸してる?

生きるためだろう

あいつも生きるために歩いているんだ

あんたは呼吸をくりかえしてどうしたいんだ?

どうもしたくないだろう

あいつも同じこと

歩きつづけてどこかにたどり着きたいわけじゃないんだ


貝屋のおやじは急にこちらに手を伸ばすと

おしゃべりなムール貝をつまみ上げた

そして口の方に持って行き

大きな音を立てて貝をすすった

ムール貝の小さな悲鳴が聞こえた気がした

おやじが口をもごもごと動かし

ついに飲み込んだ

おやじは地面に貝殻を放り投げた

中身は空っぽだった


おれは貝屋を出た

空全体がくもっていたが

妙に日ざしが強かった


動悸が激しくなっていた

おれは深呼吸したが

そこに意味は見いだせなかった


目的もなく

おれは呼吸し

おれは歩行した

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る