駅構内・話しかけるもの

「ま、ここは変化が少ない場所…ぞくに言うセーフティゾーンだな」


 消毒装置が見える自動ドア。その近くにまでトルソーが生えているものの、待合室にあるトイレは問題なく使え、ある程度の生活には困らないように見えた。


「あと、お前さんらの次元に俺が行った際にコッチの姿を見ることができなかったそうだが最初に巻き込まれた時間軸がズレている場合、一方が視認できない場合ケースがある」


 ヨウジは説明しつつ、コンビニの袋からサンドイッチを出してソウマ医師に渡す。


「…もっとも。俺から見ればお前さんらは見えていたし。買い物もできるがな?」


「――姿は見えなくとも『購入した』という事実が残ることも確かなんだ」


 補足するようにソウマ医師はそう付け加え、サンドイッチと共に渡されたレシートをこちらに見せる…そこには、俺とトモが先ほどまで行っていたコンビニ名と日時が印字されていた。


「うーん、詳しい理屈はわかんないけど…」


 自前のコンビニの袋から買ってきたグミを食べつつ、首を傾げるトモ。


「要は、このおっさんが私らよりも未来から来ていて。姿は見えないけど、買い物もできるし現地で暮らすことも可能だってこと?」


「…まあ、さすがに暮らすまで試したことはないのだけれど」


 ソウマは苦笑すると「――何ぶん、ヨウジはこの場所に来てから三ヶ月。僕に至っては二週間ほどしか経っていないからね」と付け加え、持っていたレシートを卓上に置かれたファイルへとしまう。


「…ただ、言えることといえば。一応、医者としての健康状態の観察ぐらいかな?」


 そう言って、トモの顔をじっと見るソウマ。


「白神さん…だっけ。キミは明らかに睡眠不足だね。少しの間、寝た方が良い」


 トモはそれに「む、まあそうだけど」と、なぜか俺の方を見る。


「どーする、ムーさん。お言葉に甘えても良い感じ?」


「…そりゃ、お前が決めろよ」


 あきれる俺に「――心配なら、隣の診察室を使えば良い」と、引き出しから鍵束を出して俺に渡すソウマ医師。


「毛布とベッドもあるし、内鍵をかければプライベートスペースも確保できる。鍵も彼に預けておこう…まあ、会ったばかりの僕のことを信用できないかもしれないが、健康維持けんこういじもここで生きていくためには必要だからね」


 そう語るソウマ医師に「…んー、そこまで言われちゃあなあ」と、こらえきれない様子で伸びをしてから大あくびをするトモ。


「まあ、昨日からずっと起きていたしね。しょうがねえや」


 ついで、気だるげな目で俺の方を向くと「済まないけど、ムーさん。夕方には起こしてくれるとありがたいな」とカバンからごそごそと歯ブラシセットを持ってトイレに歩き出し、しばらくしてから診察室に向かうとドアと内鍵の閉まる音がする。


「――最低、八時間は寝かせておこう」


 スマホのアラームをつけるソウマに「…大丈夫。ソウマは信用が置ける人間だ」と付け加えるヨウジ。


「ここでは、基本情報収集と巻き込まれた人間の健康状態を見ている――まあ。今、ここにいるのは俺と奴さんとお前さんらだけだがね」


 ついで「…で、お前さんはどうする?」と、こちらを見るヨウジ。


「時間が出来たのなら、合わせたい人間がいるんだが」



「…ヨウジさんは、向こうの時間軸にいる自分の記憶が見えることはありますか?」


 駅の通路を歩きつつ、たずねる俺。

 窓の外では道が横一線に陥没し、巨大な谷のようになっていた。


「俺とトモは同じ時間にいるもう一人の自分の記憶が覗けるんです。でも、向こうの認識とこちらの認識が微妙にずれている感じがして――」


 黙々と歩くヨウジに尋ねると「…ああ。同じような体験を、俺やソウマも経験している」と彼は答える。


「ただ、向こうからは俺の存在は認識できないようでな。さっき、お前さんらが俺を見ることができなかったように、脳の中で補正が起きているようだ」


「…補正、ですか?」


 俺の質問に「ああ、その話はこれから合わす奴から聞いてな…」とヨウジは言って「――まあ、はさらに詳しいだろうからな」と妙なひと言を付け加える。


「その人って、専門家なんですか?」


 その質問を投げかけたところ「ムーさん」と呼びかけられる。

 ――見れば、階段の手すりにクリニックで寝ているはずのトモがひじをかけていた。


「どしたの、そんなに驚いた顔をして?」


 首を傾げるトモに近寄るヨウジ。


「よお。ほんの少し、両の手をあげてみてくれないか」


 それにトモは「え、いいけど?」と素直にバンザイをして見せる。


「で、お前はこれが?」


 俺に向き直り、問いかけるヨウジ。

 その様子に俺は戸惑とまどいつつ、正直に答える。


「向こうで、寝ているはずの白神に見えます…ただ、俺と同じ手の模様が無い」


 ――そう、今の俺の手には先日よりついた赤い模様が残っている。

 だが、目の前のトモの手にはそれがなく、手の印も熱くならない。


「…ま、そう言うことだ」とポケットから携帯食のバーを取り出すヨウジ。


「こいつは対象の知覚を刺激し、姿を真似まねる性質がある――覚えておけ」


 トモに向かってヨウジはバーを袋ごと投げつける。


「これが、その正体だ」


 ついで、トモの上半身が二つに分かれ、バーを飲み込んで下に落ちる。


「階段の下だ、今なら安全に姿を見れるぞ」


 覗き込むヨウジにならうと、一階に巨大なものがわだかまっていた。


 ――それは、階を覆うように下半身が繋がった無数の人のような怪物。

 上半身は不安定に姿が変化し、どこか見覚えのある顔だらけ。


「これ以上は見るな。あれはそういう生物だ、声をかけられても無視しろ」


「…こんなのが、いるんですね」


 思わず口元を押さえて歩き出すも、その途中で足が止まる。


「あの、血が――」


 そこは、戸がいくつか開いたロッカールーム。

 一角には赤黒い血痕けっこんの跡が広がるようにこびりついていた。


「ああ、ソウマが来る前に自殺したのが一人いてな」


 血痕をいちべつしてから、再び歩き出すヨウジ。


古参こさんだったんだが、ロッカーで拳銃を見つけてから様子がおかしくなって――最後は『大丈夫』と拳銃をくわえて、それきりだった」


「遺体は、どうしたんですか?」


 構内を通り過ぎ、エスカレータを降りる。


 その先は何だか騒がしく、発生源は通路の先にあったビル内のボーリング場。

 ヨウジは無人でボールが行き交う施設を尻目に地階へと降りていく。


「…動き出したんだよ」


 黙々と歩きながら、つぶやくように話すヨウジ。


「それが、これからお前に合わせる相手でもある」

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