20. 13の家
◇
「……お嬢ちゃん!」
目の前で獄が懸命に呼ぶ。ぼんやりとした視界に薄暗い空間が広がる。獄の顔の輪郭線が曖昧である。
「……切開四さん……?」
「……! よかった。目を覚ましたんですねェ」
徐々に視界が鮮明なり彼の安堵した声が降りかかる。ゆっくりと上半身を起こすと獄に背中を支えられる。
「大丈夫ですかァ? 一応、頭と体は守りましたので、床からの直接的なダメージはない筈……どこか痛みますか? それか目眩とか……」
「ない」
「お嬢ちゃん、力もある上に丈夫なのですねェ。そんなに小柄ですと心配になってしまいますが、それはワタシの考えすぎなようですねェ」
心底信じられないと花子の容態を疑った。
獄は
薄暗い空間が立ち込める中、彼の両目がよく見えた。
獄がサングラスをかけていなかったのだ。
「切開四さん、サングラス……」
「ん? あァ、
花子が指摘すると、今更ながら気付いたようでこめかみ部分を触る。顔を下に向け床に視線を彷徨わせた。
「ここにありましたかァ」
床に無造作に落ちたサングラスを手に取り、レンズにヒビがないかを確認する。
やがて無傷であることが分かると、獄はサングラスをかけるかと思いきや、スーツのポケットに仕舞い込んだ。
花子はサングラスをかけていない彼の顔を、瞬きを数回繰り返しながら見つめる。
彫刻で彫ったような筋の通った鼻と、傷一つない肌。
目尻がスッキリとした切れ目。
今まではサングラスに集中してしまい、獄の顔全体の特徴を把握することが出来なかった。その為、身長、言動などの振る舞いを除けば年齢不詳のようにも捉えてしまう。
だが、サングラスを外したことにより彼の顔がより一層明確になった。幼い花子とはかけ離れた成人男性の顔がそこにあった。
「ワタシの顔に何かついてますかァ?」
「ううん」
花子にジロジロと見られた獄は整った眉を僅かに下げる。花子はすぐに首を横に振った。獄は「そうですかァ」と胸を撫で下ろした。
「どうやらここは、地下室のようです」
「……地下室?」
「ワタシたち、階段を上っている最中に床が抜けてこちらまで落ちてしまったみたいなんです。覚えていませんか?」
獄の問いかけに花子はぼんやりと答えずにいた。階段を一段ずつ踏む足の感覚。そして、最後の一段で床が抜け、真っ暗な空洞の中へと落ちたあの浮遊感。
「……あ」
その時花子は、改めて思い出し呆然とする。
「思い出したんですねェ」
「うん」
「取り敢えず、地下から脱出しましょうか。どこかに一階に続く階段がある筈です……ん?」
中々前を歩かない花子に獄は一度肩で振り返る。獄は首を傾げると花子はぽつりと呟いた。
「歩きにくい」
「歩き難いですかァ?」
「うん」
「あァ……成る程。そう言うことですねェ。足元があまりよく見えない様子ですかァ?」
「うん」
花子は迷わず頷く。
「ふむ、そうですねェ」
「……切開四さん?」
獄は花子の真正面に倣うと片膝を付く。花子と同じ目線になるように首を屈める。一体何が起きているのかと呆然としていると、花子の目の前に獄の大きな片手が差し出される。
「お嬢ちゃん、お手をこちらにどうぞ」
「分かった」
花子はこくりと首を上下に振る。ぶら下がった右腕を動かし、その小さな手を獄の角張った手の平に乗せる。獄は僅かな手の温もりを感じて口角を広げる。そして、ゆっくりと立ち上がり花子の歩幅に合わせて、薄暗い床の上を歩き始めた。
「切開四さん、夜が好きなの?」
「えェ、どちらかと言えば昼より夜の方が過ごしやすいです」
「色が見えないんだよね?」
「はい。見えると言っても白黒のモノトーンのみなのですがねェ」
「暗闇は見えるの?」
「何と表現すれば良いでしょうかァ。同じ全色盲を持つ方でも夜が見えやすい人が存在するんですよォ。そもそも、全色盲自体非常に稀なものですから詳しいことはワタシも分かってないんです」
「そっか」
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