19. 13の家

「それって、十三段目の階段っていう学校の怪談ですよね……?」 

「おォ、正解です花太郎くん」

「小学生の頃怖い話が流行ってたので、そこで……」

「やはり、学校にはが付きものですからねェ」


 獄の胡散臭い笑い声が耳にこびり付く。今まで黙っていた荊樹が気になった事を言い出す。


「獄様、それはどちらのを示しているのですか?」

「んん? あァ、ですよォ。階段と怪談。いやァ、ワタシ上手いこと言ってしまった様です」


 自身の後頭部を手で摩り自画自賛する。


「んな訳あるか」美藍が片頬をピクリと力ませる。


「大体、家の階段の段数なんか気になったことねーよ。内見中の家なんか尚更、三階の階段があることすら知るわけがないだろ」

「そうでしょうかァ? なら、お嬢ちゃん。一度、階段の段数を数えてみませんか? もしかしたら十三段あるかもしれませんよォ?」

「うん」  

「お、おい……ハナ?! ……はぁ、アタシはハナがいつか危ない奴に捕まるんじゃねーかとヒヤヒヤして仕方がない」


 美藍はやれやれと肩を落とす。そして、花子と獄を先頭にして三階へ上ることになった。花子は一段上るごとに数を数える。


「1、2、3、……」


 階段の床がトタトタと鳴らす。


「4、5、6.……」


 丁度半分を上り切った所までいく。花子と獄はそのまま足を進める。


「7、8、9、……もうすぐですねェ」

「うん」


 脹脛が少し重くなるのを感じる。花子たちは上り続ける。


「10、11、12、……」


 そして、最後の一段。


「13……」

 

 花子と獄が階段を上り切ろうとした時だ。


 突然、体が浮遊する感覚が襲う。十三段目を踏み込んだ足が底に着地しない。床に転びたいのにも関わらず、目の前はである。

 

 床が抜けた。


「あれ……」

?!」


 目だけを動かすと獄の焦燥しきった顔があった。サングラス越しの目が大きく見開かれていた。レンズにぼんやりとした花子の姿が映る。

 彼の真っ赤なスーツの袖がこちらに伸びてくる。


「ハナ?!」

「獄様!!」


 美藍の裏返った声が。荊樹が今までに聞いたことのない大声を上げている。

 

「花子ーー!!!!」


 花太郎の張り裂けた声が花子の耳を劈いた。花子は美藍たちの声に返事をすることが出来ないまま、獄と暗闇の底へと落ちていった。




「ねぇ、もう、諦めた方がいいのよ」


 遠くから女性の悲しげな声が聞こえる。


「何でお前はいつもそんなことしか言えないんだよ!!」


 そして、それを掻き消すような男性の刺々しい言葉が飛ぶ。ぼんやりとした視界の先で男性と女性が口論をしていた。


 一体何をそんなに争っているのだろうか。

 花子にはよく分からなかった。

 だが、その二人の声を聞くのは


「だって、こうするしか方法がないじゃない! 私たちが幸せになる為にはこれしか……!」

「だから、何でそんな悲観的な考えになるんだよ。お前、花子と花太郎に言ってないだろうな?!」

「……」

「お前、何で……? 何でそんなこと……!!!」


 男性の声色が信じられないと息をヒュッと吸う。同時に女性に対して裏切られたと顔を歪ませた。


 それが原力となり彼の声が徐々に怒りへと変わる。肩で呼吸し始め興奮が収まりきらない状態のまま、玄関へと向かう。

 女性は男性の広い背中向けて言葉を投げる。


八音やおと……! どこ行くの?!」

「うるせぇ!! もうお前の考えにはうんざりだ!!!」


 男性はぶっきらぼうに言い放ちこの部屋から出て行った。バタンと扉を勢いよく閉める音が耳障りだ。思わず肩を縮こませた。

 女性は気配が消えた玄関を見て呆然と立ち尽くす。膝の力が抜けそのまま床へと座り込んだ。すると、ゆっくりとこちらに首を向ける。

 

 その女性と目が合った。

 女性は花子と同じ真紅に染まった瞳を持っている。女性は花子を見るたびに今にも壊れそうな顔をする。唇を噛み締め頬が僅かに力んでいる。

 

 どうして、そんなに悲しい顔をするのだろう。辛そうな顔をするのだろう。ほんの僅かな刺激を与えただけで簡単に崩れてしまいそうな程女性の状態は脆い。

 花子は何と声をかければいいのか分からなかった。


「花子……ごめんね」

 

 どうして、謝るのだろう。


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