3. 13の家

「た、確かこの絵って、見る人によって老人の表情が変わるとか言ってませんでしたっけ」

「えェ、そうです。覚えてたんですねェ」

「見る人によって表情が変わるって何だか怖いなって思ってたので……」


 弱々しく告げる彼に獄は手を顎に当てて理解の念を示す。

    

「花太郎くんは、この絵はどう思いますかァ?」

「え……僕ですか? その……ただ、真顔だなって。でも、どこかこちらを見ているようで不気味って感じもします」

「成る程。やはり、見る人によって感想が様々なのが個性が伝わってきます。美術とは奥が深い」

「は、はぁ……」


 獄はやや興奮気味に言葉をつらつらと並べる。その横で花太郎は適当な返事をした。彼の隣にいる花子は獄の言葉がよく分からず首を傾げた。そして、花子と花太郎は互いに顔を見合わせた。


「お兄、どう言うこと?」

「さぁ、僕もあまり芸術には詳しくないからなぁ……」



 そして、三人で絵画を見ること数分が経過した。ふと、獄が何かを思い出し意識をはっとさせる


「そう言えば今日の夕方から、お客様がくる予定だったんですよね」

「お客様?」

「そろそろ来る頃だと思うんですけれどォ」


 ピーンポーン。


 獄の言葉に答えるように玄関のインターホンが鳴り出す。獄が「丁度良いタイミングですねェ」と嬉しげになる。玄関付近の部屋の扉が開き、執事の荊樹が出迎える。


「さて、ワタシたちも向かいましょう」


 花子たちは階段を下りると、荊樹の明るい声が耳に響く。館外が現れたのは、杖を付いた老人男性と男性を支えるようにして入る若い女性だった。

 女性の紫で染まった髪が目に留まり、花子は途中で段を下りるのを止める。女性が荊樹にお辞儀をすると、偶然にも顔を見上げ、呆然とする花子と目が合う。


 女性の緋色の瞳が花子を捉える。そして僅かに目を大きく見開かせた。


「お待ちしておりました!」


 荊樹の張り上がった声によって女性は花子から視線を逸らす。一瞬の出来事だったが花子は心臓が止まったような緊迫感と、後に襲ってくる鼓動の加速さに思わず身が固まる。 


「お嬢ちゃん? 一体どうかしましたか?」

「花子? どうしたの……? 大丈夫?」


 花子の様子に異変を感じた二人が気にかける。花子は瞼を数回瞬かせて「ううん」とだけ呟いた。玄関から荊樹が獄を呼ぶ。


「獄様、お客様が来ましたよー」

「荊樹くんありがとうございます。お待ちしておりました、遊田ゆだ様」


 獄は深く頭を下げる。遊田と呼ばれた老人も彼を見て「いえいえ」と穏やかな返事をする。


「逆にこちらも夕方の時間帯で申し訳ない」

「大丈夫ですよォ。さァ、部屋にご案内しますので。荊樹くん、二人にスリッパを用意してくれますか?」

「了解です。少々お待ちください」

 

 獄は遊田たちをリビングに案内する。中で待機していた美藍が初めて見る彼らに目をぱちくりさせ、席から立ち上がる。

 

 遊田と呼ばれた老人は身なりが非常に整っていた。皺のないスーツと高級な帽子を被っている。遊田は所謂育ちの良い所の人間なのだ。そして、彼のそばにいる若い女性もそれなりの服装である。

 遊田と女性は美藍を見てややぎこちなくも深々と頭を下げる。美藍も瞳に動揺を表すも倣って礼儀を行う。遊田は獄に美藍の存在に首を傾げた。


「切開四さん、そちらの方は……」

「こちらはの宝鏡様です」

「おぉ、ご友人でしたか」


 遊田は白い眉を上げて大きく頷く。「どうもぉ」と優しげな声と共に、被っていた帽子を外して改めて頭を下げる。獄が美藍の所に現れ、彼らを紹介する。

 

「こちら、遊田ゆだ 玲於れお様です」

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