2. 13の家

 花子たちは急いで玄関に向かうと、そこには案の定黒いリムジンが自宅前で停まっていた。運転席から荊樹が澄ました顔をしてこちらに会釈をする。そして、後部座席に向かうとそのドアをゆっくりと開けた。

 車内からは赤一色で揃えた身なりの獄が現れた。先程学校で会話を交わした筈だが、獄の姿を見ると新鮮な気持ちになる。


「お迎えに上がりました。お嬢ちゃん」


 獄は花子に向けて礼儀正しくお辞儀をする。


「出たな、御曹司」


 美藍は悔しそうに呟く。獄はサングラスのブリッジ部分を軽く上げる。そして、革靴の底を鳴らしてこちらに歩み寄る。


「突然の訪問申し訳ありませんねェ」

「家庭訪問はまだ先の話だったが?」

「まさか、今日はお嬢ちゃんの家庭訪問のために訪れた訳ではありませんよォ」


 相変わらずの伸びた語尾が耳にこびり付く。花子は美藍の背中から顔を出して獄たちの姿を確認する。次に美藍の突き刺す声が入る。


「言っとくが断る」

「まだ何も言ってないじゃないですかァ」

「しらばっくれんな。こいつから全部聞いてんだよ」

「おやァ! そうでしたか」


 白々しい態度に美藍の反応が更に険しくなる。


「別に、ハナの趣味をとやかく言うことはない。楽しむ分には良いと思う。だが、アンタが出てくるとなると話は別だ」

「そうですかねェ。骨董品は見ると奥が深いと思いますがァ。あ、なら、美藍さん方も一緒に如何でしょう?」

「はぁ?!」


 美藍は勘弁してくれと失笑する。


「お嬢ちゃんが心配なのでしょう? 美藍さんのお嬢ちゃんの意見を尊重したいという姿があるのは一目瞭然です。ならば尚更お嬢ちゃんをことが必要なのではないかと思いましてねェ」


「それに、花太郎様も顔をウズウズさせてますし」獄が指摘すると、瞬時に美藍は振り向く。花太郎の表情はどこか興味津々げな様子だった。


「ハル……アンタなぁ」

「す、すみません……。でも、骨董品って中々見ないですし……」

「アンタの大大大大切な妹が今から誘拐されそうなんだけれど?」

「そ、それは何としてでも花子を守りたいですし……」

「どっちだよ」

「おやおやァ、誘拐とは人聞きが悪いですねェ」


 獄はそう言うも特段と不愉快な顔をせず、寧ろ胡散臭さが漂う笑顔を広げるばかりだ。美藍は「当たり前だろ」と付け加える。


「そもそも今は教師とは言え、未成年を大人、しかも異性を自宅に招く神経がどうかしてんだよ。アンタじゃなかったら今すぐにでもカチコミしに行ってたわ」

「美藍さんが言うと冗談にならない」

「ハルー? なんか言ったか?」

「いえ、何でもないです!」


 花太郎の明らかな焦りに美藍は頭を抑えた。そして、深々とため息を吐き獄に倣う。美藍のじとりとした視線が獄を捉えた。獄はにこりと口角を上げた。


「お決まりですか?」

「しょーがねーから、アタシも付いていく。言っとくけれどハナとハルに何かしたら只じゃ置かないからな?」

「えェ、ありがとうございます。それでは準備が出来次第、館の方に向かいましょうか」

「ま、待てよ。まさかだけれど……そのリムジンに乗れってこと?」

「勿論ですがァ……」


 当然と言わんばかりの表情の獄に、美藍は思わずずっこけそうになる。惚けた顔が目の前に出されこれ以上言及したいとは思えなかった。

 美藍の脳内には「諦め」という文字が浮かび上がっていた。その様子を花子は上目遣いで覗く。


「美藍さん大丈夫?」

「あぁ、別に平気だ」


 


「お嬢ちゃんたち、これとかはどうですかァ?」


 切開四家の館に辿り着く。リビングと思われる部屋に案内され、全員で腰掛けてもあまりそうな大きなソファに座るよう促される。荊樹はお茶を用意すると言ってキッチンの方へと消えていった。

 

 獄は花子と花太郎を呼び出すと、付近に飾られた壺を紹介する。

 美術館でしか見られないようなデザインが施された壺に対し、花子と花太郎は物珍しそうにまじまじと凝視する。


「大きい」

「わぁ……、花瓶でもこんなに大きくないですよね」

「普通、こんな壺は買うことないですからねェ」


 獄も感心さを抱きながら壺を眺める。


「あちらにも骨董品がありますので着いてきてください」

「分かった」


 獄は二人を廊下へと案内する。二階へと続く階段を上るとそこには老人が描かれた絵画が飾られていた。金属で作られた作品プレートには「りく」と記されている。


 花子はこの作品に見覚えがあった。

 

「この絵……」

「そう言えばお嬢ちゃん、この絵をずっと見ていましたよねェ」


 獄は、花子たちが初めて館に訪れたこと話題に上げる。確かにそんな事もあったなと花子はぼんやりと思い出す。そして、視線を絵画に向き直る。


「この絵のどこがそんなにお気に召したのですか?」

「分からない」


 花子は首を横に振る。そもそも花子は芸術の良さをあまり知らない。、それだけなのだ。だから、獄に質問で問われても言葉が見つからない。

 

 口を噤む花子の横で花太郎が神妙な面持ちで言葉を慎重に選んだ。


「た、確かこの絵って、見る人によって老人の表情が変わるとか言ってませんでしたっけ」

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