第47話 苦戦

 以前倒したオーガとの違いに、アヤカは思った以上に焦っていた。

 それもそのはず、あの時魔獣の森で倒したオーガはまだ若く、戦闘経験も未熟な個体だったからだ。

 オーガも例に漏れず成長すると骨格が、傷が再生することで皮膚が徐々に硬く強くなっていく魔物で。

 ここに居る個体の多くが、成長しきって戦闘経験を十分に積んだオーガなのだ。


「早く倒して援護に向かいたいのに!」


「左後方からオーガ1! 気を付けて!」


「ゴア゙ァ゙ァ゙!」


「ッツ!」


 オーガの攻撃を避けながら反撃をするも、大きなダメージを与えられずにいるアヤカ、理由は相手の防御力を貫くのに必要な、踏み込みや捻りと言った溜めの余裕を取れない事だ。


 速さ自体は私の方が勝ってる、でも数が多い!

 1匹2匹相手にしてる間に死角に回られるから、決定的な一撃を入れる溜めが作れない!

 せめて2~3秒でいいから、全部纏めて動けなくさせることが出来れば!


「下級魔法で足止めをして姉さんに……無理だ! 攻撃の余裕無いし、中級雷魔法ライトニングジャベリンでも数秒しか止められないのに、下級程度じゃ効果がない! それに1匹止めただけじゃどうにもならない!」


 ユウカも悩んでいた。

 ナナセの援軍に向かう為、ここで魔法力を大量に消費して一掃すべきか、それとも、時間が掛かっても1匹ずつ確実に仕留めて消費を抑えるか。

 前者であれば時間は掛からないが、代わりに魔法力が。

 後者であれば消費こそ抑えられるものの、代わりに時間が。

 強力な魔物と戦うのであれば魔法力を残しておくべきだが、ナナセもまた押され気味、いつも迷う時は指示があったが今回はそんな余裕が無い、自分で決めなければならないという事に焦りを感じていた。


 纏めて攻撃が出来て、しかも威力があって足止めも可能な魔法なんて……ッ、考えろ!お兄にだって、常に自分が傍に居られる訳じゃないって言われてるんだから、考えろよ私!

 姉さんが強力な一撃を入れるには全部の動きを止めなきゃならない、しかも半端な魔法じゃ効果が無い、威力があって纏めて捉えられるやつ………!!


「そのまま聞いて姉さん! オーガを出来る限り一ヶ所に集めて、私が合図したら全力で離れて!」


 ユウカがあんな事を、何か策があるのね!


「頼んだわよ!」(初級風魔法ウインドスラスト


「待ってアヤカさん! そこで集めたらダメ、一度大きく距離を取って!」


 ティナの声も虚しく、剣だけじゃなく魔法も駆使して自分へとヘイトを集めるアヤカ。

 元々優先的に狙われておりその事を利用して、腕を斬り飛ばしたり、歩けなくなる程のダメージではないにしろ、そんな挑発的行為をすれば、オーガの狙いを完全に自分に向ける事など難しい話ではなかった。

 だがその際に誤算が生じる。


「姉さん!!」


「そんな……完全に囲まれて…」


「グフフヘヘ」


 汚い笑いを見せないで欲しいわね、それよりもどうしようかしら……周りは完全に塞がれちゃってるし、仮に倒して通ろうにも1匹倒した程度じゃ通してはくれなさそうね……ユウカに私ごと策を進めてもらうしか。

 …………なんて、私は素直に諦める様な女じゃないのよ!

 まだ一方開いてる!やる事やって、出来ることが何もなくなったって死ぬ瞬間まで足掻いてやる!!


「ユウカ! 私が脱出したらあなたの策を進めなさい!」


「脱出って、どうやって!」


 返答には答えずにアヤカは数歩助走をつけた後、剣を地面に突き立てる。

 そして剣を握ったまま跳び上がり同時に魔力を流す、その瞬間アヤカの体が大きく宙を舞う。


「ウガ!?」

「ゴッ!?」

「グガァ゙ァ゙!」


 突如目の前の獲物が自分達を跳び越えて行くのに驚くオーガ達、必死に捕まえようと手を伸ばすも、既に届く範囲を超えており空をつかむだけだった。


「撃てぇぇ!!」

「え!? あっ、はい!!」(中級範囲雷魔法サンダーストーム


「「グオ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙ォ゙ォ゙!!」」

「「ガア゙ァ゙ァ゙ア゙ァ゙!!」」


 奴等の動きが止まった、一斉に仕留めるなら今しかない!!


 着地後、アヤカは即座にオーガに向き直り全力で剣を伸ばした。


「貫けえぇぇぇぇぇ!!」


 先程までの回避しながら繰り出していた甘い攻撃と違い、この一撃には十分に力の乗った必殺と言っても過言ではない一撃だった。

 実際オーガ達は軽々と頭を貫かれ声すら上げられずに絶命していく……だが、それ程の威力があっても、硬い頭蓋骨に阻まれ徐々に威力が落ちていき、最後の1匹には届かなかった。

 当然オーガは怒りの反撃に出て来るも、アヤカに一切の焦りは無かった。


「グオ゙ォ゙ォ゙ア゙ァ゙ァ゙!」


「うるさい」(中級雷魔法ライトニングジャベリン


 自分には最強の相棒自慢の妹がいるのだから。


「まだ倒しきってないんだから不用意に前出ないでよ!」


「大丈夫よ。それよりいよいよ大物相手よ、気を引き締めなさい」


 呼吸を整え次に向かおうとする2人の耳にティナの声が届く。


「ナナセさん!!」


 アヤカとユウカがブラッドオーガと戦いを繰り広げているナナセに視線を向けると、そこに映ったのは、棍棒のなぎ払いで吹き飛ばされているナナセの姿だった。


 ―――――――――


 □時間は戻ってナナセが岩の破片を避けた瞬間□


 アレに当たったら死にはしないだろうけど、確実に動きに響くダメージは受けるな、加えてこっちの風刃でのダメージは、分厚い皮膚に阻まれて期待出来ない。

 格上相手に遠距離から安全に倒そうなんて横着するなって事か、仕方ない。


 ブラッドオーガの動きに全神経を研ぎ澄まして近付いて行く。


「ほら、これでお互いダメージを与えられる位置だ」


「グゥ゙ゥ゙ゥ゙」


 余裕の顔を浮かべるナナセ。

 対してブラッドオーガは非常に不愉快になっていた、何故こんな弱い種族が俺の前に立ちはだかり、剰え余裕の表情を浮かべているのか理解出来なかった。

 唯一理解出来たのは、自分がこの獲物に舐められてると言う事だけ。


「ゴア゙ァ゙ァ゙ァ゙!」


 武器を振り上げって、幾ら格上だとしても流石に予備動作のデカい攻撃には当たらねぇよ!


 ブラッドオーガが武器を振り下ろすタイミングに合わせて、ナナセは全速で背後へと回り、一撃を見舞う。


「ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ァ゙ァ゙!」


「かっっってぇ! 本当に生物かこいつ! 馬鹿みたいに硬ぇ!」


 普通刀で、というか刃物で生物斬ったら筋肉とかまでスパッといくもんだろう、多分今のは筋肉まで届きはしたけど断ち切れてないぞ!

 それと骨、背骨だと思うけど刀を弾きやがった!

 遠距離戦はノーダメにしかならず、直接攻撃も一撃だけじゃ決定打にならずとか、マジで貧乏くじ引いたな。


「ウボァ゙ァ゙ア゙ァ゙ァ゙!!」


 肉体的には決定打にはならなかった一撃だったが、これはブラッドオーガのプライドを傷付けるには十分な物だった、二度とナナセを近付かせない為に怒りのまま岩の散弾を浴びせ続ける。


「ガッ! ガゥ! グァ゙ァ゙!!」


「っち!」


 くっそ!こっちの嫌な事を分かってるのか、それとも近付かれたくないのか分からんが、遠距離攻撃に切り替えやがって!

 超有効だよ馬鹿野郎!!


 実際ブラッドオーガの攻撃は今のナナセに取って一番されたくない事だった、ナナセの攻撃は届かなくなるうえ、アヤカ達の方へは逃げられない為、狭い範囲を使って避けるしかない。

 当然そんな状態のまま攻防を繰り返すも、避け続けられる訳もなく、徐々に散弾の餌食になっていく。


「痛ってぇ! 欠片でも肉を抉るか、突き刺さるし! 小石なら余裕で骨が砕ける! どんだけ不公平だよ!」


 岩陰に隠れながら相手の力を分析しようとするが、肉を抉られた痛み、骨にひびが入った痛みで愚痴しか出ない。


 速さ以外全部向こうが上、ダメージは与えられるけど、決定打にするなら数回傷口に叩き込まないと意味が無い、そこまでやってやっとまともな一撃と同義とか論外だ。

 元々不利なのに長引かせれば敗北しかないぞ…………はぁ、やりたくないけどやるしかないし……覚悟を決めるか。


ナナセはそっと岩陰から出る。


「グヒィィィ」


 その姿を見たブラッドオーガは、既に勝ったと言わんばかりに下卑た笑いを浮かべる。

 何せ相手は体の至る所から出血し満身創痍な状態であった、そんな姿を見て、もう負ける要素は無いと判断したのか、今度は自分がされた事のお返しとばかりにナナセに近付いて行く。

 そして武器を振りかぶり思いきり振り払った。


「ゲギャア゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ァ゙ァ゙!」


「ナナセさん!!」


 アヤカとユウカがブラッドオーガと戦いを繰り広げているナナセに視線を向けると、そこに映ったのは、棍棒のなぎ払いで吹き飛ばされているナナセの姿だった。


「ゲヒャーヒャッヒャッヒャ!」


「お兄!」


「カズシさん!」


 この場で最大の敵を倒したブラッドオーガは、その仲間である3人の雌を次の目標に定める。

 そしてこの雌達をどうしようか考えた結果、殺された分の種族を産ませる為の苗床にしようと、汚いモノを滾らせて近付いて行く。


「何処行く気だよ!!」


 ブラッドオーガは耳元で声がしたと同時にうなじに激痛が走る。

 それと同時に前に倒れ込み、首から上以外一切動かない状態になる。


「ギャア゙ァ゙ァ゙ァ゙! ゲァ゙ア゙ァ゙ァ゙!」


 当然いきなりそんな状態になったブラッドオーガは半狂乱になって騒ぐが、既にオーガは全滅しており、助けに来る同胞は居ない。


「危なかった、本当に死ぬかと思った。悪いけど完全に止めを刺させてもらう、万が一にも動かれでもしたら今度こそオレが死ぬ」


 その後すぐに刀を首に数度振り下ろし、首と胴が離れたのを確認して、ナナセは後ろへと倒れ込む。

 同時に3人もナナセの傍に駆け寄る。


「しんっど」


「ナナセさん、大丈夫なんですか!? 攻撃をまともに食らってましたよね!」


「そうだよ、あんな派手に吹っ飛ばされて死んだかと思ったんだから!」


「いや、全然大丈夫じゃないよ、吹っ飛んだ後ポーション使ったけど、あちこちひびも入ってるし……出来れば今使える最高の回復魔法を掛けて欲しい」


「わかった!」(中級治癒魔法ヒーリング


 ああー痛みが消えてく………もうこんな無茶は懲り懲りだ。

 そうだ、証明の為に倒した奴を仕舞わんとな………でも動きたくねぇ、回復魔法貰っても消えない疲労ってどんだけだよ。


「アヤカ、悪いんだけど3人で倒した奴を仕舞っといてもらえる? オレまだ疲労感が残ってて動けそうになくて」


「ええ、任せて下さい」


 本当に思ってた以上に苦戦したな、あれがAAランク、知能まであったら確実に負けてたし、そうじゃなくても、岩陰から出た時に遠距離攻撃を続けられてても負けてた。

 オレの負傷具合や、相手の認識や意趣返し含めて運が良かった、それ以外の言葉で言い表す事は出来ないな。


「オレもまだまだ弱いって事か、レベル含め装備含め……」


 この後はフィリップさんの所に行って報告か………面倒過ぎる………。

 報告は街に戻ってゆっくり休んだ次の日で良いと思うんだけど、ダメかなぁー。

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