許してはならない自分

卯野ましろ

許してはならない自分

 小学校低学年だった私は、ある日仲の良い同級生と教室で騒いでいた。私たちは大笑いしながら室内を走り回ったり、ふざけ合ったりしていた。周囲のことが気にならないほど楽しんでいた私たちだったが、とうとう「静かにしなさい!」という担任の先生の声でピタッと止まった。

 しかし、先生が怒ったのは私たちのグループだけではなかった。先生を怖がりながら立っているクラスメートは、少なくなかった。教室が静かになると、先生は教え子全員を座らせてから「今、騒いでいた者は立ちなさい」と低い声で言った。その指示を聞いた私は「どうしよう、怒られちゃう」と震えた。本当は起立するのが怖かったが、座り続けていれば私は卑怯者となる。それに私は、もう先生の目の中に「騒いだ者」として入っているだろう。続々とクラスメートが立っていく中で、私も泣きそうになりながら起立した。ああ、大人しく着席して次の授業が開始するのを待っていれば良かったなぁ……と後悔していたら、


「いやいや、ましろちゃんは違うでしょ」


 先生の口から意外な言葉が出たのだ。 


「そうだよ、ましろちゃんは違うよ!」

「ましろちゃん、いつも大人しいもん!」


 私が心の中で「えっ……?」と発声して驚いている間に、先生の言葉に同調する子が次から次へと出てきた。先生も、ほとんどのクラスメートも、私に笑顔を向けていた。微笑んでいる人たちは、私の行動をジョークのように、あるいは気にし過ぎている人間だと受け取ったのだろう。私は嘘を吐いていないのに。

 私は先生やクラスメートに、本当のことを言いたかった。しかし、困ってしまって言えなかった。まさか先生に怒られるどころか、笑われてしまうとは思わなかった。予想外の展開に戸惑い、何もできなくなった私は、とうとう黙って着席してしまった。周囲に促されるように、静かに腰を下ろした私。勇気を出して起立した結果、私は多くの笑顔に圧倒されてしまった。

 私が着席した直後、先生は再び怖い顔を見せた。そして、お説教の時間が始まった。先生の話は私に向けられたもののはずなのに、先生は私に対して注意してはいなかった。きちんと私の耳に入っている先生の声は、私の耳ではなく心をズキズキさせた。

 先生の話が終わり、注意を受けた子たちは、しょんぼりしながら着席した。そんな重い空気の中、授業開始となった。

 授業が終わった後、すぐに私は共に騒いでいた友人の元へ駆け寄った。やはり、その子の表情は暗かった。悲しそうな顔を見て、私は「やってしまった」と思った。あのとき自分だけ悪い子にならなかったことについて、私は友人に謝罪した。そして、私に謝られた友人の口から出た言葉は「全然大丈夫。気にしないで」である。それでも、友人の表情は晴れないままだった。

 ちなみに、その友人と私は今では疎遠となっている。あの悲しい思い出を友人が覚えているかどうかは不明だ。というか私のことを覚えているかも分からない。

 今でも私は、この出来事を頻繁に思い出す。その度に私は「やっぱり私は、ずるかったんだよな」などと、あのころの自分について考えている。自分に笑顔を向けてきた先生やクラスメートに「違います」と、正直に言わなかった私が証拠だ。ずるい人間になりたくなかった私だったが、結局は卑怯者だった。当時は大人しかったから仕方がないとか、そりゃあれだけの笑顔を向けられたら圧倒されるだろうとか、そんなことで許される問題ではない。

 ずるかった自分を許せないというよりは、許してはいけないのだと私は思っている。大勢を騙し、仲間を悲しませた醜い自分。これが償いとなるかは分からないが、単なる自己満足かもしれないが、私は卑怯だった自分を死ぬまで忘れはしない。私は卑怯者となった自分を、しっかりと覚えておきながら生き続けていく。

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