返り討ち

 会計。レジがチーンと音を出す。葬式のりんに聞こえた。


「お会計は、11万円になります」


「おい待て」


 おかしい。高級店でもないヘルスでそんな金額は出ない。


「本番ならやってないぞ」


「でしょうね。だって、風俗で本番って犯罪じゃないですか。ウチはそんなことやりませんよ」


 当たり前の顔で言われる。怒りが低い沸点へと近付いていく。


 ――ボラれた。


 脳裡のうりに響く言葉。薄ら笑い――リーゼントのボーイが、こちらへ視線を送っていた。


「内訳は」


「内訳もなにも、ウチはこの料金なんで」


「聞いてないぞ」


「訊かれてないですからね」


 激高――俺の脳ミソが一瞬で沸騰した。


 右拳。すかした顔に叩き込む。不意打ちの右は、リーゼントの鼻頭に当たった。軽くだが男の鼻から血が流れる。


「何しやがんだ、コラ!」


 怒声。フロントにすかし野郎の声が響き渡る。


 反社――それが本当の姿。こいつは怒りで真の姿を現した。


 ――知ったことか。このままノックアウトしてやる。


 刹那せつな、リーゼントの姿が視界から消える。


 衝撃――目の前が真っ暗になった。


 真っ暗な視界。ほどなくして、大量の水をぶっかけられた。むせながら起きる。バケツ一杯の水をかけられたようだった。


「おい」


 髪を掴まれ、鋭い眼つきの顔が見えた。


「やることやったんだからよ。金は払えや」


「……はい」


 本能が危険を察知した。


 逆らってもこのタイミングではやられる。俺は表面上従うことにした。


 だが、手持ちで11万の現金などあるはずがない。それを伝えると、リーゼントは鋭い眼つきのまま答える。


「カードがあるだろ。カードで払えや、コラ」


「……リボで」


 リボ払い。貧乏人の最終兵器。それは直面すべき問題を常に先送りしてくれる。


 カードの暗証番号を入力していて、だんだん腹が立ってきた。


 この野郎。後で通報してやる。風俗店で暴力を振るわれた後にカードを切らされたと警察署に駆け込んでやる。今さらそれで他人から白い眼で見られようが知ったことではない。俺は単に、やられたまま何もやり返せないのが許せないだけだ。


 こうして俺はカードを切らされた。見送りに担当だった風俗嬢が出てきた。また来てねとは言わなかった。言われても来ないだろうが。フォトショマジックという名の妖術に化かされた。


 夜の街。恐ろしいところ。


 俺は現代の持つ狂気に触れてしまったようだ。


 見上げると満月があった。俺以外にも、こっぴどい目に遭ってからこの月を見上げる者たちがいるのだろうか。濡れた体を冷たい風が吹きつけ、俺は身震いした。

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