パネマジ暗黒街

 ヘルス――たった三文字で表現出来る楽園。


 待合室でソファに座る。


 客は俺一人だった。その方がいい。他の客がいると、互いに値踏みする視線を交錯する羽目に遭う。その時間は嫌いだった。


 待合室で出会った男がいかにも仕事の出来そうな奴だと、俺は間接的に「ここはお前の居場所じゃない」と言われている気分になった。


 無職。俺は無職。


 関係無い。ベッドに寝転んだら、そこにさらけ出されるのは一人の人間だ。職業も地位も、ベッドの上ではクソほどにも役に立たない。


 ボーイ。無駄にスパンコールを散りばめたベスト。髪はリーゼント。昭和からタイムリープでもしてきたのか。


 男は俺に端末を見せる。


「どのがいいですか?」


 嬢の写真をスワイプしていく。どいつもこいつも加工と補正だらけ。知ったことだが、俺にそれを見抜く眼力は無い。悩むだけ時間の無駄だった。


「こので」


 銀髪の上に薄桃色のメッシュ。アニメめいたツインテールに童顔。好きなエロゲのヒロインを思い出して、その娘を選んだ。


 写真に写る嬢は、シャブ覚醒剤中なのかと思うほど痩せていた。ウエストは60cmしかないそうだ。まあ、上出来だ。これだけのスタイルを保てるだけで。


「分かりました。それでは部屋でお待ち下さい」


 仄暗い部屋へと導かれる。ボーイが半笑いだったのは気のせいか。


 じめついた空気に、何かの染みがついた廊下。染みに見えたゴキブリが、俺たちに気付いて逃げていく。


 事故物件のビジネスホテルを思わせる部屋は、照明が時々明滅する粗末な部屋だった。掃除は行き届いておらず、指でサッシをなぞると埃がつく。まあいい。端からそんなことに期待などしていない。


 嬢が来るのを待つ。


 トイレ。未処理のオナティッシュ。白い欠片かけらが、先端に残っていた。危ない。こんなものを先に発見されたら舐められる。


 ベッドのある部屋へ戻る。テレビを付ける。クオリティの低いポルノ。これを見て気持ちの盛り上がる奴などいるのか。げんなりして、すぐに電源を切る。


 呼び鈴――嬢が来た。扉を開ける。


「お待たせしました♡」


「ファッ……!?」


 女を見て固まる。


 部屋へ入って来た女は確かに写真と同じ髪色をしていた。


 だが、その腹回りは60cmどころか、その倍はありそうだった。


 ――話が違うではないか。


「ウエストは60cmじゃなかったのか?」


 いくらか攻撃的な含みが出る。


 女は悪びれずに答える。


「ああ、写真を撮ったのがずいぶん前だったからね」


 ――忘れていた。ここは歌舞伎町。生き馬の目を抜く、欲望に塗れた世界。


 夜の街に正直さを求めること自体が愚かなのだ。


 俺はまた、夜の街が抱える暗黒面に取り込まれてしまったようだ。

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