#2.生意気な後輩は困惑させる

 会いた口が塞がらないと言う言葉があるが、実際にそうなってみると本当に塞がらないものなのだなと実感している。

 いや、こんな現実逃避をしている場合ではない事は百も承知なんだが、そうでもないとこの空気に耐えられそうにない。


「なんで春野に会いにきてるんだ?」

「まさか、咲良ちゃんが言ってた好きな人って……」

「いや、ないない」


 周りからの視線と、言葉が刺さる。


 まぁ、言いたい事は分かる。


 転校してきたアイドルが、いきなりクラスメイトの冴えない男に会いにきたとなれば好奇の目を向けるのも頷ける。


「先輩、固まってますけどどうしたんですか? 可愛い後輩が会いにきたんですけど?」

「お前なぁ……」


 ただ、この状況を作り出している朝比奈本人が知らん顔で俺を煽っているのがムカつく。昔のように喝を入れてやりたいが、相手は人気アイドルグループのメンバー。下手に手を出したとなれば社会的に潰されかねん。


「なんですなんです? まさか先輩、私と会えたことに感動しすぎて固まっちゃってたり? キャー!」

「お前がアイドルやってなかったらチョップかましてるぞ。命拾いしたな」

「生命が問われるほどのチョップ!?」


 アイドルになったとはいえ、ノリは中学の頃からなにも変わっていないようで安心した。というか、朝比奈は少し前までまで中学だったわ。


 取り敢えず、この周りからの視線をなんとかしなければ。


「朝比奈、なんでここに転校してきたかとか色々聞きたい事は山ほどあるが流石にここで話すのは色々とまずい。放課後、暇なら少し付き合え」

「付き合えだなんて……先輩、ようやく私の想いが伝わったんですね! ハグしていいですか!」

「前半部分をしっかり聞けよ……それと、ハグされたら俺は殺される気がするから辞めてくれ」


 ハグと言うワードが出た瞬間、男子陣からの殺気の籠った視線がより一層強くなる。もしかしたら、この視線だけで俺は死ぬのではなかろうか。


「先輩ってば、照れ屋なんですから〜」

「はいはい。俺は命を軽々と投げ捨てたくないので一刻も早いお帰りをお願いしますね〜」

「アイドルに対する扱いが雑!?」

「アイドルの自覚あるなら学校で男に会いに来るなよ……」

「それは無理な話ですね先輩」


 反省の色が見えないが、そろそろ昼休み終わる。普通に授業に遅れる可能性もあるし、なんとか説得して朝比奈には教室にお帰りいただいた。


 その後はお察しの通り、数多の男子から質問攻めに……なんて事はなく何事もなく昼休みを終えた。

 俺は元々強面で、舜以外に余り話しかけてくるような奴はいなかった。一部では、俺が他校のヤンキーを眼力だけで倒したとか言うバケモノのような噂があるせいでぼっちに拍車がかかっていた。


「なぁ、秋。あの子とどう言う関係なん?」

「ん? あぁ、朝比奈か。あいつは中学時代の部活の後輩だよ。ほら、前に話しただろ? 何度も告白してきた後輩が居るって」

「え? あの後輩ってあの子なん? ガチ?」

「嘘つく理由ないだろ?」


 何故だか、信じられないものを見るような目でこちらを見てくる舜を不思議に感じながらも周囲を見渡すと聞き耳を立てていたのか他の男子生徒も驚きを隠せていなかった。

 まぁ、後輩がアイドルでした。なんて話し、アニメやドラマなんかでしか見た事ないもんな。


「って事はだ。よくバライティー番組とか、公式ヨーチューブで言ってた好きな人ってのは──」

「多分、俺だろうな」

「マジかよ……」

「昔のまま、俺の事を好きだった場合だけどな」


 念のため釘を刺しておかないと後々面倒な気がした。


 いや、多分面倒ごとになる。


 ****


 あれから時は過ぎ、約束の放課後になった訳だが。


「いや、放課後話したいとは言ったがな……」

「あ、店員さん! こっちです!」

「お待たせしました、ハンバーガーセットです」

「──ファストフード店で堂々と飯食うのはどうなんだ?」


 本当にこの後輩、もう少し周りを気にした方がいいのでは?

 いや、おそらく気にしているだろうが俺のことなんてお構いなしで行動しているため俺に対する周りの視線が学校の時より痛い。


 しかも、当の本人は呑気にハンバーガーとポテトを食べている。美味そうに食べているからよしとするが。


「で? なんでまたうちの高校に転校してきたんだ? 朝比奈は成績も悪くなかったし、もっとあっただろ?」

「昼も言いましたけど、先輩に会いたかったからですね。正直、レベルが高過ぎても仕事と両立できませんし」

「後者は納得できるが、前者が余りにも不純過ぎる……」

「いや、前者が最重要事項ですよ!」


 それ、アイドルが言っていいのか? いや、そんなこと気にしてないからこう言ってるのか。


「でも、よく入れたな。今じゃ売れっ子だろ? そう言うの厳しいもんだと思ってたけど」

「まぁそこは色々と頑張ったので。褒めてもいいんですよ? あ、あとご褒美に撫でてください」

「好きあらば俺に触れられようとするんじゃない。でもまぁ……頑張ったのが本当なら偉いじゃん」


 朝比奈は嘘はつかないし、努力もするタイプだ。本人が頑張ったと言うのなら、それは本当なのだろう。


「……なんだよ、その信じられないものを見るような目は」

「だって、先輩中々褒めないじゃないですか」

「褒めるくらいはする。それが、可愛い後輩なら尚更な」

「か、可愛いッ! もう、先輩のエッチ!」

「なんで褒めただけでスケベ扱いされんだよ! てか、周りに聞こえる声でそんなこと言うんじゃねぇ!」


 さっきから周りの視線が痛い。

 今度は主に女子からの。


 おそらく『なにあんな可愛い子にエッチとか言わせてんだあの変態野郎は』とか思われてんだろうな……やべ、泣きたくなってきた。


 それからは誰かのせいで居心地が悪くなり、朝比奈を引き摺りながらその場を退散することに。まだ残っていたポテトは持ち帰り用の袋を貰った。


「ほんと、今日は色々あり過ぎた……」

「先輩、げっそりしてますね!」

「誰のせいだと思ってんだよ」

「えへへ〜」


 くっ! 無駄に顔が良いせいで手を上げにくいッ!


 まぁ、朝比奈が教室にいた時は度肝を抜かれたがおそらくこれからは胃が痛くなる毎日が始まるのだろう。

 朝比奈は朝比奈で、アイドルと言う立場上クラスだけでなく学年を超えて多くの人と関わりを持つ事になるだろう。その苦労を考えれば、俺の胃の負担は大したことではない……筈だ。


「あ、そうだ。先輩って今部活やってます?」

「ん? まぁ、入ってるけど。天文学部」

「そうなんですね。あ、じゃあ私はここで」

「お、おう」


 何故部活を聞かれたのかサッパリ分からんが、分かれ道の向こう側に消えていく朝比奈を見届けると再び帰路についた。

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