1-1-3『俺、帰ってもいいですか?』

 世界には不条理バグが多い。

 世界を構成する六つの次元、すなわち縦横高さに時間、そして万物の根源たる「記録」や「情報」の次元【真理イデア】と生物の「感情」や「思念」が集積した次元【心魂アニマ】になんらかのズレが生じており、そのズレが世界を乱し不条理バグを生むからだ。

 例えば悲しみにくれて流した涙に呼応して晴天から突然雨が降り注ぐ、単なる燃焼現象である筈の焔が神聖な焔になる、といった具合にだ。

 かつて古代において高次情報思念体である神々はそうした不条理バグに一早く気付き利用する術を身に着けた。

 対して人間たちは無意識化で世界の不条理バグを修復する能力をもっていたが、この修復デバッグ能力は感情や思想に影響されるという特性があり、それを見抜いた神々は「神話」や「宗教」として自分たちに都合がいいように人間が持つ修復デバッグ能力を利用し支配し隷属させてきた、という。

 そうしてある時、「を忘れてしまう程に好き勝手世界を改変した挙句、世界そのものを破滅寸前にまで追いやった神々は苦肉の策として「を覚えている人間たちの中でも自分たちに都合が良い存在として「勇者」を生み出したとされる。

 その勇者によって特に都合が悪い不条理バグを修正し、世界が不条理バグによって破滅しないようバランスを調整。更に娯楽に飢えた神々は「勇者」の活躍をスポーツを観戦するかの如く観戦したりサポーターとして助力して楽しむ。そうして生まれたのが我道心牙も参加している『勇者ゲーム』である。

 そして現代まで連綿と続いた勇者ゲームは、現代の最先端トレンドを取り入れてスマートフォン向けソーシャルゲーム風のものへと変貌していた。

 ファロゥマディンは祷らざるものノンプレイヤー――すなわち、神々の一柱であり、魔王役――つまりは勇者にとっての敵を演じているのである。

「つまり、魔王ファロゥマディンが権能を使って「クエストの敵役」、悪の心から具現化した怪物モンスターを作っている時に俺が挑んだから、俺と戦ったってことか?」

「おぉ、流石は我が勇者よ!よく理解した!」

 魔王を演じる神々は特殊だ。勇者との戦いを楽しむためにゲームでいうレイドボスを演じるものもいれば、雑魚敵を作り出し勇者と戦わせるものもいる。

「我が人間態に情欲を抱く不敬者より出し魔狼を討滅するが当初の目論見であったが、汝は我と善き善き戦いをした!」

 ファロゥマディンは人間の心の闇を怪物モンスターとして具現化させることが出来る。それを用いて人間態の彼女を襲おうとした暴漢たちから、その肉欲と加害欲を増幅させ、具現化して発生させた怪物モンスターを勇者である祷り手プレイヤーに倒して貰うことで人間から悪意を取り除く。これを繰り返し行うことで【心魂アニマ】次元と他次元とのズレ、不条理バグを修正しようというのだ。

「戦いのことはどうでもいいですなー」

 ジャジャミラの本来砂漠色のピラミッド頭が怒りで真っ赤に染まる。勇者ゲームのナビゲーターたる彼女は、不正や不平に敏感で厳正だ。

「まともな事前申請はおろか事後承諾もなく、あまつさえ祷り手プレイヤー殺しキル未遂はこれで6回目ですなー!もっと祷らざるものノンプレイヤーとしての自覚と品位を持って挑むですなー!!!」

「不快不便不愉快」

「他の祷らざるものノンプレイヤーからの苦情も多数来ていますなー!!!このままでは出禁にせざるを得ないですなー!!!」

わづらふ(# ゚怒°)」

 二柱の神々の言の葉がぶつかり合い、やがて実際の現象として火花と映像に変わっていく。本来は高次情報思念体である神々の言の葉は、単なる音波ではなく、高次情報を大量に含む圧縮言語だ。心牙もいるから人間の言の葉を使っていたようだが、ヒートアップするにつれそれも取り繕う理性が無くなったらしい。

「猫砂(ΦωΦ)砂ME、毒蠍針SISATSU脳脅」

「脅不屈、吾輩laq猫砂、太陽獅子、ピラミッドパワー!!q<?」

「(=^・・^=)(((:D)| ̄|_ ))ハ✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌」

「ムッキ――ァ゚。・゚ヾ(゚`ェ´゚)ノ。゚・。――!!!」

 嗚呼悲しきかな、高尚な神々の言の葉は今や二柱にとっては相手を罵倒するための道具へと成り果てたようである。雷と火花が具現化し、花が咲いては凍えて砕け、文字通り言の葉が刃となって宙を舞う。

 このままでは取っ組み合いの争いに発展し、その余波で天変地異が発生し兼ねない危険な状況となった。

 騒ぎを察知した好奇心旺盛なマヤ・アステカ神話の蛇神クークールーカン=ケツァルクワトルや、ケルト神話の戦女神で争いごと好きで知られるモーリガン・モリグナーら、名立たる神々が何事かとその場に顕現し始めた。果てはギリシア神話の最高神であり雷と天空の化身雷神帝デゼウスまでもが仲裁と裁定のためかあるいは単なる様子見か上空に顔を出す始末である。

 釣られてか他の祷り手プレイヤーたる勇者たちもその場に集結し始める。必然的に騒動の中心にいる心牙にも好奇の視線が降り注ぐ。

 集まったものたちは「ほらアイツが噂の二年もレベル1のままの勇者だよ」「ファロゥマディンって魔王、他にも色々やってるみたい。彼も被害者なんじゃない?」「ファロゥマディンさまお美しい」「ジャジャミラさまが怒ってるとこ初めて見た」「コロネ大納言」「一体何があったんだ」「ファロゥマディンって誰?」と口々に勝手なことを言い出した。終いにはジャジャミラとファロゥマディン、どちらが勝つかの賭けまで始まる始末である。

 この混沌とした状況の最中、心牙は勇者として意を決し、その強い意志と勇気を掲げて二柱の間に割って入る。

「俺、帰ってもいいですか?」

 流石は運営、勇者の言の葉はただちに聞き入られ、勇者心牙はいつもの見慣れた自宅近くの路地裏に転送された。

 心牙がスマホを確認すると、蘇生で消費した筈の勇者ポイントが補填されていた。

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