untitled

@rabbit090

第1話

 今そんなに甘い気分になんてなれない。

 「いい加減にしろ。」

 「なんで?別にいいじゃん。」

 「別にいいじゃんって、わけないだろ?お前がふざけたせいで、とんでもない損失をこっちは被ってんだよ。」

 彼が言っていることは多分真実だ、間違いない。

 でも私はそれを否定した。違うのに、って、言いたいのだ。

 心の中に鬼が潜んでいるのはきっと、私だ。

 私は、それを抑えられないし、もう抑えるつもりもない。だって、鬼なのだから、無理だってことは、分かった。

 「じゃ、もう帰る。」

 「ああ、そうしろ。」

 最近はずっと、喧嘩ばかり。外に出ても私は、誰かに喧嘩を吹っかけている。学生時代の頃なんて、教師からお前、なにガン飛ばしてんだ?なんて言われていた。教師なんてたいがい、そういう生き物だった。私にとって。

 目つきが悪いのは昔からだったし、それで、性格も言動もよくなかったから、他人からよく見られることはなかった。

 だが、勉強だけはできたから、大学に受かることができた。

 普通に学校は卒業できなかったから、あとから高卒資格を取って、可能だっただけなんだけど。


 「お疲れ様。」

 「ああ、お疲れ様。」

 仕事は、たいがい上手く行っている。自分の領域の業務は順調に売り上げを伸ばしているし、だから私の周りも、あまり焦っているような雰囲気がなくて、平和だった。

 「明日、会議があるから。」

 「そうですね、その時って、お客様も呼ぶんでしたよね。」

 「そうそう、面倒だけど、どうしても参加したいって人がいて。」

 「分かりました、資料作成しておきますので。」

 「よろしく。」

 ちょっと帰りが遅くなるけど、平気だった。それより、家に帰って、彼と一緒にいることの方が嫌だった。

 関係が悪くなったのはきっと、この前一緒に外出した時に不良に絡まれて、金を巻き上げられたからだろう、と思う。

 彼は一応私を守ろうとしてくれたけど、私は正直不安だった。私はもう、あんな奴らには勝てるけど、彼には無理だ。だって、彼はもやしのように細く、もはや、動いているところをあまり見ない。

 「はあ、で、どんな人が来るんだっけ。」

 私は、明日の会議のことだけに専念して、あとのことは忘れることにした。

 「ちょっと!!」

 え?

 「あんたよ!!!」

 ああ、ヤバい、女だった。女は、ダメだ。私はとびきり目つきが悪いから、いつも初対面の女性に、喧嘩を売られる。何なんだ、全く。

 せっかく時間を割いて作った資料を、客である彼女に、びりびりに破られた。

 彼女は、私達の担当する現場の、テナントのオーナをしている人だった。彼女がもっているそこは、契約を切られると困る、大きな所だった。だから、誰も、何も、言えない。

 「おい、おい!」

 私は、何も言えなかった。

 だって、私を見てただ不機嫌になっている女に、何を言えばいいのだ。

 それを見かねて、上司が仲裁に入った。

 私は、ただそこにいるだけで、喧嘩に巻き込まれる。それは、常にだれかの悪意にさらされていることと、同義だった。

 「………。」

 かったりぃなあ、と思った。だって、そもそもこの会議に彼女が参加しているのだって、暇だから、なのだ。不動産収入はあるけど、あとは何もない。そんな人間がよく、暇を持て余して業務に関わってこようとする。

 めんどくさくて、どうしようもない。

 私の中の怒りは、限界を超えていた。

 私だって、怒りに任せて、感情をそのまま表現したい。

 でも、できない。考えれば考える程、脱力してくる。

 ただ、もう事態を収拾する余力は残っていなかったから、ただぼんやりと、そこに立ち尽くすしか、なかった。

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