ひーろーず! ~勇者くんと魔王さんのセカンドライフ~
ぽんこつ三等兵
第1話 初めてのヒーロー活動
いくつもの蹄鉄の音が響いていた。
牢のような荷台の馬車が、車輪を軋ませながら走る。中には見窄らしい子どもたちの姿があった。みな一様に何日も着替えていないかのような血と泥で汚れたボロを纏い、暗い表情でうつむいていた。
泣き声はない。泣けばまた殴られてしまうから。
馬車の周囲には馬を駆る魔族や、武装した人間の姿がある。
子供らの表情とは対照的に、彼らは下卑た笑みを浮かべていた。二日前に襲った村で得られた収穫物が、もうすぐ大金に生まれ変わるからだ。
人身売買。子供は特に高く売れる。使い道が多い。
馬車は草原を行く。故郷は遥か遠く。
もう少しで約束の場だ。どこの国の変態貴族かは知る由もないが、これだけの数の奴隷をすべて買い取るのは並大抵の金持ちではないだろう。
やがて約束の場へとついた馬車は、その動きを止めた――否、止められた。
「ン待ッツェ~イ!」
いよいよ売られるのだ。その後の人生を想像できないほど、彼らは無知ではない。特に子供たちの中でも年長者であったセーラは。
身を寄せ合い、怯えた表情を浮かべる。だが馬車の前方から聞こえてきたのは、人攫いたちの頭領の戸惑ったような声だった。
「なんだぁ、てめえら? 妙な格好をしおって! 邪魔だ邪魔だ、貧乏人に用はねえ! ぶっ殺されたくなければそこを退――ヒギィッ!?」
会話の最中に、鈍器のようなもので肉の上から骨まで砕くような鈍い音が聞こえた。
「オ、オカシラ! てめ――」
「バカめ。おまえたちをここに呼び出したのは俺たちだ。待っていても人買いはこない」
様子がおかしい。
なに? 何が起こっているの?
「なんだと!? 騙したのか!?」
「だからそうだって。頭の悪いやつらだな」
セーラは視線を上げて、荷台の檻に詰め寄った。檻の隙間から細い腕を出し、幌を留めていた結び目を一カ所だけ解いて少しだけ持ち上げ、どうにか隙間から覗き見る。
人攫いたちの馬車の前に、誰かがいるようだ。でも角度がなくてよく見えない。
助けて。お願い、誰でもいい。わたしたちを助けて。そう言いたいのに声を出すのが怖い。
「騙すとはいい度胸だ! 俺たちをマーベラス山賊団と知ってのことか!?」
セーラは思った。
これ以上ないほどにダサい名前だと。それがすぐに覆されることになるとはつゆ知らず。
「お、おい。オ、オカシラの顔面が靴痕にへこんでるぜ……。それに、完全に気絶しオチてる……。い、生きてんのか、これ……?」
別の山賊の声がした。
「ぐ、この卑怯者どもがッ!! カシラはまだ話してる最中だったでしょうがっ!!」
「ふざけた格好をしやがって! 何者だ!? 名乗りやが――んがン!? ……ふぐぅ……」
また鈍い音がした。どうやら立ちはだかった何者かが、山賊団に攻撃をしたようだ。檻に頭を押し当てて、セーラはさらに前を見る。
かろうじて見えたのは赤い人影。全身ピチピチの赤い服を着て仮面を装着した変な人だ。ボディラインがくっきり浮いてしまっている。
彼が若々しい青年の声で叫んだ。
「俺たちが何者かだって? いいだろう、特別に名乗ってやる!」
バババと両腕を振り、片足を上げて妙なポーズを取って。
「熱き正義の血潮、ユーシャ・レッド!」
「荒野に咲く可憐な花、マオー・ピンク!」
「茶色ノ犬、イッヌ・ブラゥン!」
そうして三つの声が揃う。
「――三人合わせて、暖色戦隊『
「~~っ」
セーラはとてつもない共感性羞恥で、激しく頬を――否、幌をつかむ指先まで赤く染めた。指先から背筋にまで広がった鳥肌がすごい。きっとその場にいた全員が思っただろう。あるいは名乗った本人たちでさえも。
……だっさい……。
取り繕うように、ピンクと名乗った少女の声が響く。
「カッコ仮! い、いまのはあくまでも仮名よ!? か、勘違いしないでよね!? わたしは納得していないから!」
「わぉん? 犬ハ、ケッコ好キゾ? ホクホク、オ芋サン、オナジクラーウィ?」
「絶対イヤ! イーヤー!」
「俺はどっちでもいいけど、まあピンクがそこまで嫌がるなら、また何か適当に考えようぜ」
賊を前にして何やら話し合っている。
助けにきたなら、早く助けてくれないかなぁ。あまり期待できそうにないけれど。
山賊の怒声が響いた。
「このピチピチ服の変態どもがッ!! もういい面倒だ! 囲んでぶっ殺せ!」
「おお!」
「やっちまえ!」
赤いピチピチ服の人たちの周囲を、馬に乗った山賊らが取り囲む。みんな剣を抜いている。
だめ。やっぱり逃げて。だって変態さんは素手なのに、山賊は剣を持っているのだもの。きっと殺されてしまう。
そう思ったのだけれども。
最初に動いたのは山賊ではなくレッドだった。
「俺たちのどこが変態だぁぁーーーっ!?」
「うぐぁ!?」
肉が撓むような音が響いた直後、セーラが持ち上げていた幌の真下に、山賊のひとりが吹っ飛ばされてきた。慌てて手を放し、隠れようとして気づく。
すでに気絶している。たった一度の攻撃でだ。
あの変態さん、強いんだ……。
今度は少女の声が響く。
「悪は絶対許さない! ピ~ンク・フラ~ッシュ!」
ビカッと周囲が輝き、山賊の悲鳴がそこら中から聞こえた。反対側の幌の向こう側が、何やら炎色に染まっているように見える。
それだけだ。それ以降、物音はほとんどしなくなった。
いや、微かに。
「イッヌノ、必殺! オテ、オテ、オカワリ! オテテテテェ~ァ!」
ぺち、ぺち。ぺん。ぺぺぺぺち。
肉球をぶつけるかのような、何だかちょっと気持ちよさそうな攻撃音だけが響いている。そんなことを意識した直後、幌が引き千切られるかのような勢いで剥ぎ取られた。
「――ッ」
降り注ぐ光にセーラは息を呑む。
仮面のレッドだ。間近で見れば、想像していた以上にピチピチの服を着ている。頭頂部から足先に至るまでだ。くっきりとボディラインが浮いている。これでは裸に色を塗っただけも同然だ。怖い。
彼は言う。口元に優しき笑顔を浮かべながら、穏やかな声でセーラへと手を差し伸べて。
「もう大丈夫だ。キミたちを助けにきたよ」
セーラは泳ぐ視線をその腰のあたりにまで下げて思った。
ああ、これは本物の変態さんなのだ、と。
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