所詮

堕なの。

所詮

 夜汽車に揺られる。

 汽車の音、誰かの寝息、肩に感じる僅かな重みと自分の心臓音。窓に顔を写せば窶れた表情で笑っていた。血色のない唇から紡がれた言葉は、もう随分と人を傷つけてきたから。

 窓の外の殆ど消えかかった街の灯りが優しく目に入ってくる。空の月の瞬きと調和を表して、自分には不釣り合いな景色に思える。

「隆ちゃん、まだ寝てなかったの?」

 隣の席に座っていた母が目を擦って起きようとする。

「おやすみなさい。まだ時間ではありませんから」

 あの頃とは違って大きくなった手で目を塞いだ。暫くして規則正しい寝息がまた聞こえてきた。

 何処へ向かっているのか、自分にも見当がつかない。昔の面影を探す、亡くなった旦那の影を自らに求める母を連れて、定年間近の男は何がしたいのか。親孝行ならもっと若いうちにしておくべきだったが、理由をつけて先延ばしにしていく内にこんな歳。父親が死んで漸く尻に火がついた。

 だが別に、親孝行をしている訳じゃない。葬式を機に家に帰れば、記憶の中の母とは似ても似つかない其の姿に落胆したのだ。

 若しかしたら殺すのかもしれないし、ただ観光だけして帰ってくるかもしれない。宛もない旅だ。

 母親の鞄の中のチョコレートを口に放り込む。それは自分の好きな苦い味ではなく、父の好きな甘い味だった。

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所詮 堕なの。 @danano

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