謝意

小狸

短編

 中学の卒業式のことである。


 私の家に、3人の女子が来た。


 私は、卒業式には行かなかった。


 泣いて惜しむほどの体験をしなかったし、途中から不登校になった私なんかが急に現れたら、奇異の視線で見られることに違いはない。


 所詮社会に適合できなかった私である。これから先のことなんて考える余裕もない。高校も決まっていない。引きこもりのどん詰まりである、死んだ方が良い。


 途中からもう学校には行けなかった。


 動悸が止まらなくなってしまうから。


 自分が自分で、いられなくなってしまうから。


 病気だから。

 

 彼女達は、肩のあたりに桜の花びらを付けていた。


 今日は晴れだから、華々しく卒業式を迎えられたのだろう。


 両親と教員を連れていた。


 そして、涙ながらにこう言った。


「いじめて、ごめんなさい」


 皆が頭を下げていた。


 ふうん――と、思った。


 いじめられた側として、ここで癇癪を起こしても良かったのだが、その時の私は、妙に冷静であった。


 今更謝られても困る、というのが、私の主な気持ちであった。


 内申点の出席の所は終わっている。


 頑張ろうと思ってできなかったこと、やり切ろうと思って貫けなかったこと、努力しようと思って圧し折られたこと、そんなことしか、この三年間は無かった。


 あったとすれば、いじめと悪意だけだ。


 私がいじめを受けた原因は、いじめられていた同級生の子を庇ったことだった。


 その結果として、庇った子も、私のいじめに加担していた。


 流石にそれはショックだったかな。


 まあ、そんな私の感情も、どうせどこか誰かに踏み躙られるのだろう。

 

 だったら、何も考えていない方がマシだ。

 

 そう思って、私は、目の前の人達を見た。


 恐らくいじめっ子の保護者も、正装で、頭を下げていた。


 この人達は、ただ謝りたいだけなのだ。


 謝って、自分の加害者意識から逃れたいだけなのだ。


 卒業と一緒に、この家に負の感情を置いて行きたいだけなのだ。


 自分たちは、先に進めるから。


 いいなあと思う。


 しかも最近では、「いじめられた側にも責任がある」なんて言説も世にあるというじゃないか。


 笑える。


 結局、大事にしたくないだけだろう。


 教育委員会にも通達はいかなかったと聞く。


 私の両親は、私に対してあまり関心のない人だった。「学校に行きたくない、いじめを受けている」と両親に告白した時でも、「ふうん、じゃあ学校行かなくて良いんじゃない?」というような反応だった。世の中には色々な親がいるのだ。


 改めて、頭を下げている人々を見た。


 ここで私が許せば、謝意を受け入れれば、全てが丸く収まるのだろうな、と思う。


 それがきっと、正解なのだろう。


 世の中としての、正解。


 私への評価も落ちることなく、皆もすっきりして家に帰ることができるだろう。


 だからこそ。


 私は。


 はぐれ者で、どうしようもなく、社会不適合者の私は。


 不正解の方を選ぶ。


 背中に隠していた包丁を取り出して、未だ頭を下げ続ける、いじめっ子の主犯格の後頭部、首筋少し上の辺りに、突き刺した。


「ふっざけんな。自分だけ幸せになろうとしてんじゃねえ! 私は一生許さないし、私は一生戻れない! ここで! 死んで! 終わりだ!」


 包丁を抜くと、鮮血が噴き出した。


 唖然とする皆々を尻目に、私は、妙に冷静だった。


 一瞬。


 そのまま、血の着いた包丁を、自分の喉仏に突き刺した。


 ああ。


 痛い。


 でも。


 これでもう、誰のことも許さずに済む。


 誰の謝意も、受け入れずに済む。


 最後に一番嫌いな人と、一番嫌いな私自身を殺せて良かったと、心から思った。




(「謝意」――了)

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謝意 小狸 @segen_gen

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