第37話 聖女との打ち明け話
その頃、アカネは悩んでいた。
今日受ける分の依頼を全て済ませ、相談所の椅子に腰掛けて睨めっこをしていたのはゲームの主人公だけが見れるステータス画面だ。
先日発生した黒百合商会からの大量の依頼。それをこなした今も名声が思うように上がっていない。
幸いこの街で貯めるべき名声の目標値は先日の遠征訓練成功で達成しているが、この現象が次の街でも続くとなると困ってしまう。
「……ひとまずはどちらにしても、街を変えて様子見でしょうか」
ただ、そうすると騎士団長として不定期に様々な街に現れるネグロはともかく、この街を主軸にしているイェシルとは手紙だけのやり取りになってしまう。
好感度は会話や依頼だけでなく手紙の選択肢でも上がる設定だが、直接会えなくなるのは寂しさもある。或いは一定値以上イェシルと親しくなっていれば、彼が訴えてさらにその翌月に別の街まで追いかけて来てくれるとは思うが……。
「最大の問題はヴァイスさんなんですよね……」
彼については、リメイク前に登場していないこともありアカネも詳しい動きが分からない。或いは頼みさえすれば着いてきてくれる気もするが……。
先日イェシルが乱入する前の懺悔の席で、彼が私に告げた言葉が脳裏をぐるぐると回っていた。
曰く、彼もまたこの世界がゲームだと知っていると。
信じられない話だが、それはそれで一つ納得がいくのだ。だって。
「このステータス値、明らかにおかしいもんなぁ〜〜!!」
《経過日数》
20日目
《能力》最大100
法学…81 芸術…30 運動…18 容姿…54 知識…74
《活動》
最大100。
体力が10↓、ストレス90↑で行動不可
体調…61 ストレス…45 根性…50固定
《信頼》最大10000
名声…3350/10000 経営…70+9999
法学と知識の伸び方が明らかに経過日数と比べて高いし、経営の+9999ってなに??
でもこの数字がヴァイスの働きによるものだというのなら納得がいく。それほどまでに今回の問題に対する動きも早かった。
「それにあの時の話も結局バタバタして聞けてないし……ヴァイスさん今日黒百合商会に行くって言ってたっけ、何とかして話を聞ける機会を作らなきゃ……」
「ただいま、アカネ」
「みぎゃっ!!?」
ばたんと開いた扉に思わず悲鳴をあげる。最近聖女の擬態ができなくなっている自覚はあるのでどうにかしなきゃ……! 内心危機感を覚えつつも、既にその正体を知っている青年へとぎこちなく顔を向けた。
「ヴァ、ヴァイスさん! もう黒百合商会から帰ってきたんですね!」
「ああ。一先ず依頼の状況についての共有はしてきたから、筋は通した形になるかな。とはいえまだ完全解決には至らなそうだけど……アカネの方はどうだい?」
「私の方もお願いされた分の依頼は終わらせました! 今日はこの後の用事もありませんよ」
「良かった。……じゃあ、先日話せなかった内容の続きを、伝えてもいいかな?」
聡明な青い瞳がこちらを射抜く。もちろん私もそれに異論はないのだけれど。
「その前にヴァイスさん……? そのアクセサリー、前はつけてませんでしたよね?どうされたんですか?」
ないのだけれど、オタクというのは直感が働くものなのである。
彼の首元に輝く赤褐色の輝きを指差せば、ヴァイスの目が僅かに泳いだ。
「……騎士団に立会人を依頼しに行ったら、ネグロ殿が来ることになって、その時に……、流れで?」
彼の困り顔を見て反射的にガッツポーズをしたことは許してほしい。は?? なんでその時のスチルを私は見れてない??
「すみませんヴァイスさん、ちょっとその時の話を詳しく伺ってもよろしいでしょうか?主に流れの時のネグロ様の発言とその時どう感じたかをくわしく」
「優先順位としては先日の話の続きが先かな……」
生温い視線がこちらに向けられてようやく我にかえる。はい、大変失礼しました。
◇
相談所の看板をお休みにして、お茶の用意をして向かい合う。この地域のお茶は紅茶によく似ているから私も飲みやすい。
「それで、先日のお話……ですよね。ヴァイスさんも、この世界がゲームだとご存知とか……一体いつから知っていたんですか?」
「いつからと言われたら、君に会うよりもずいぶん前の話だ。私のそばにいる青い鳥、バラッドを君も見たことがあるだろう?」
ぴ、と呼びかけに答えるようにヴァイスさんが椅子に置いたカバンから青い鳥が顔を覗かせる。……バラッド?そういえばその名前、どこかで。
「この子は例の……乙女ゲーム『戦華の聖女〜忘れ名草と誓いの法術〜』の副音声解説NPCだそうだけれど、聞き覚えはあるかな?」
「あ……あ〜! そういわれて見れば見覚えが……?」
私自身は課金はほとんどしない派上にメタNPCは頼らない派だったからほとんど使ったことはないけど、言われてみればチュートリアルの時にいた覚えがある。
「なら話は早い。この子に出会った時に色々と話を聞いてね。──この世界はバグがすでに発生しているらしい。バグという単語に、君は聞き覚えがあるかな?」
息を呑む私の姿を見て、得心したように頷いた。
「その様子だと、意味はわかるらしいね。俺にはその単語に着いて詳しくはわからない。わかっていることは、現状世界は不安定な状態にあること、その中でこの世界を成立させるため、聖女である君が世界や君の周りの人々を救う必要があるということだ」
それは分かる。だってそもそも戦華の聖女はいつ動乱に巻き込まれてもおかしくない皇国を救うべく奮戦するものだ。三つの派閥が睨み合う国も、攻略対象も、主人公である聖女にしか救えない。
目の前の男性の方がよほど私より知恵も能力も優れているというのに、私を立てていた理由がようやく分かった。
「……ヴァイスさんは、転生者、あるいは転移者なのですか?私のように」
「いいや。あいにく君のようにどこかから召喚されたわけではない。それでもバラッドからもたらされた情報と今の国の状況を整合すれば、自ずから全てが偽りな訳ではなさそうだったからね」
相変わらず、末恐ろしくなるほどに穏やかに微笑む姿に、思わず私はテーブルを叩いていた。
「そうだとしても! ……どうして、そんな風に受け入れられるのですか。この世界が作り物だなんて聞いて、私でないと世界が救われないなんて聞いて。どうして……」
分かってる。本当ならそれに憤るべきは彼であって私じゃない。
それでも目の前の優秀なこの人でなくて、私が世界を救わねばならないことが、到底今の私には受け入れられなかった。
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