第28話 一騎当千
遠征訓練、ひいては一騎当千も今は六年目になったか。いつもならば人が列となり軍となり、ただ一人と相対している。圧巻とも残酷とも取れる構図だった。……この場合の残酷がよってたかって一人を倒そうとする状態にあるのか、それらをまとめて一網打尽にする団長の恐ろしさにあるかはさておき。
だが、今回は異例とも言える。相変わらず多数対一ではあるが、その多数も選り抜きの存在たちだった。
「ぶっちゃけ協力して倒すもよし、個々人の力でいくもよし! ……蹴落とし合うのは辞めとけよ? うちの団長に一瞬で飲まれるからな」
ツィルハネ師団長の釘差しを聴くまでもなく、そんな余裕はないと騎士たちの誰もが感じていた。鯉口を切っただけだというのに、騎士たちを統べる団長の威圧が一層増したような気さえした。
四つの属性を司るグラディウスの内、火の力を秘めた剣は、イェシルが持つ地のグラディウスよりもやや細身だった。速度では敵うはずがない。
「……ってことで、頼んだぜ。ポール」
「はぁ……無茶言いやがる。オマエの策ならオレの被害は少なさそうだから乗ってやるけどな?」
ポールとのやり取りとほぼ同時に、試合の火蓋は切って落とされた。
開始の合図とほぼ同時に、ニックが勢いよく弾き飛ばされる。
剣の斬撃に合わせて火の魔法を乗せたのだろう。火に包まれてこそいないものの、熱の乗った痛みに悲鳴をあげる男の脇を躍り出て、ザケルとオレは飛び出した。団長の放つ横薙ぎの一線が、軟い保護法術ごと鎧を破壊しようとする。
「〜〜っ!あ……っぶね」
アカネとヴァイスの二人に保護の法術を掛け直してもらっていなければ今の一撃で転がるところだった。地面に仰向けに倒れたザケルのように。
オレの法術の硬さと──おそらくは、誰がその術式をかけたのか見当がついたのだろう。団長の顔が僅かに強張る。
声をかけるなら今しかない。衝動と共に腹の底から声を出す。
「なぁ、団長! ヴァイスと喧嘩したんだって!?」
「…………っ!!」
途端、こちらに飛ぶ一撃が重くなるのを感じる。両足で踏ん張ってようやく仰向けに倒れるのを防げたが、今の一言だけで彼の意識が大きくこちらに削がれたことを感じた。
「ヴァイスと喧嘩するなんて、団長ってばどんなひどいことを言ったんだよ。……や、ひどいことなんて言ってないんだよな。そもそも団長は、ヴァイスのことなんて見てないんだから」
「………………何が、言いたい」
地を這うような声はそれだけで空気を振るわせる。団長の持つ火の魔法の余波だろう。彼の持つグラディウスが火の粉を纏い、こちらにも熱が伝播する。
だが、それに動じてはならない。オレは大樹であり、大地だ。地のグラディウスを授けられたということは、それがオレのすべき役割だった。
オレに意識が集中している最中を狙うようにポールが細剣でネグロ団長に斬りかかる。けれどもそれは聖句とは異なる、まじないと呼ぶべき言葉と共に放たれた焔の壁に遮られた。
エドガーが焔の壁に向かって矢を放ってくるが、分厚いその壁の勢いにとまり、そのまま落ちて融けていく。
外の二人にはこのまま意識をある程度割いてもらおう。剣戟が勢いよく弾かれて体勢を崩しかけたところで、大地を踏み締める。
「オレは団長のこと、尊敬してる。でも同時にオレが尊敬してるのはあんたであって、あんたが崇拝してる皇太子様じゃない。だからさ、いない人ばっかり気にして今のヴァイスを見ないっていうのなら……」
地のグラディウスを握る手に力を込める。今の団長の攻撃は、受け身では絶対に敵わない。攻めるなら今を置いて他になく、そのためにはこの剣の力を引き出す必要があった。
「それは、あいつの友達として許せねぇ! だから団長、引き摺り出させてもらうぞ。あんたの本音を」
続いて向けた一撃は、驚くべきことにほぼ拮抗していた。受け止める団長の顔は傾いており見えず、腕にもどこか力がない。
これなら押し切れるのではないか──そう思った時だった。ずっと傾いていた団長と瞳があった。
「貴様は……純朴だな。憎たらしいほどに」
「ッ!?」
団長が腕を伸ばし、こちらの籠手を掴む。ジュゥ、と奇妙な音を立てて腕がどんどんと熱くなる。火を恐れるのは人の本能だ。咄嗟に振り払い距離を取れば、鋭いひと突きが繰り出された。
「ぶねっ!!」
「本音など、私にも分からん。あの方と彼を重ねてはいけないことも分かっている。なのにどうして、あの方でないものがこうも私の、俺の心を占めているのかが分からない」
視線を明らかに観戦側へと向ける姿は一見こちらを軽んじているようにも見える。だが、オレにはそれが初めて見る団長の
自然と口角が釣り上がる。見てるか?ヴァイス。
「気になることに理由なんていらないっすよ。大事なのは、どう動くかだと思います。ま、あの二人に諭されてようやくポールとぶつかったオレがいう言葉じゃありませんけど!」
勢いよく今度はこちらが切り掛かる。本当にな!というポールの野次が二撃、三撃と剣を交わし合う合間に聞こえてきた。焔の壁を打ち破った弓が再びネグロに飛んでいく。
「
焔が刃となり放たれる。紅の塊は矢を飲み込み、そのままエドガーへと飛んでいく。視界の端で大きく体制を崩したのが目に入った。片手の指先と口だけで一人を倒すとかマジかよ……。冷や汗が背中を伝う。
「彼は、私を抜け殻だと言った。それは恐らく正しい。私にはヴァイス様だけがいれば良かったのに、あの方は何も言わずに消えてしまった」
「……っ熱烈ですね」
「熱などないさ。火はすでに消えて、ここにあるのは消えかけの埋め火だ。そして彼も、ヴァイス様ご自身ではない。理解しているのに、なぜ」
再び火のグラディウスが、大きく振り上げられた。
「死人に動けなどと、無理な話だというのに」
銀の煌めきが、寸前まで迫る。
………
……
「──イェシル! 臆してんじゃねぇ!」
「…………!!」
ポールが後ろから怒声を投げかけてくる。
転がる勢いで現れた彼が、団長の振り上げた剣を受け止めた。細剣を両手で支えても、勢いは明白だ。
「死人だとか言ってますがねぇ、団長! アンタはオレらの憧れなんだ! 勝手に一人ウジウジして殻に閉じこもるのはやめてくれませんかね」
脂汗をかきながらもなお不適な笑みをポールは浮かべる。彼が団長の剣を押し留めてくれている間に……!
「そうそう!少なくともヴァイスは、そんな団長のことを心配してくれてたんだ。それを無碍にするなんて俺は許せませんよ!」
地の剣を横に振りあげる。狙うは鎧に覆われていない首元……!!結われた赤い髪に銀の煌めきが接触するかどうかというところで、はじめてそこで団長は小さく笑った。
「…………そうか。
心配をしてくれたのだな、彼はまだ」
「え、」
刹那、鋭い衝撃が俺を襲った。
地面に転がる二つの塊が、オレとポールだったことに気がつくことも遅れる。胴のあたりが一際鈍く痛むのと団長が剣を鞘に収めるのを見てようやく、俺の一撃よりもなお疾く動いた剣に弾き飛ばされたのだと理解した。
片腕を上げたツィルハネ師団長が、高らかに宣言をする。
「そこまで!勝者、ネグロ騎士団長!!」
ある種予定調和の終わりではあったが、それでも周囲からは口々に歓声が聞こえてきた。
「すげぇ!」「今あとちょっとでネグロ団長に届きそうじゃなかったか!?」「イェシルのやつ、こんな根性あったのか!」「ポールもさすがだな!」
歓声と共に駆け寄る同僚たちに瞬く間に揉みくちゃにされる。団長相手にあそこまで善戦したのだ、覚悟と実力を示すという点では文句なしの大金星だろう。ポールと思わず顔を見合わせて、弾けるように笑いを浮かべた。
誰か一人がエール持ってこい!と大きな声で叫ぶのが聞こえてくる。この後は慰労の酒宴へと移り変わりそうだ。
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