第23話 差異のきっかけ
《イェシルとポールの確執はとある詐欺集団『レスメンテ』を巡って発生しました。彼らが詐欺集団だと知らないイェシルは獣に襲われ半死半生だったレスメンテの頭領を助けます。
けれども彼はその後も詐欺を働き続け、最終的に三つの村が売りつけられた粗悪な薬品の副作用に悩まされ続けました。それだけのことを止められなかったイェシルに剣を授けた点について、ポールはわだかまりを残していたのです》
バラッドが近くへと舞い降り、普段よりも一段と小さな声でさえずる。その声にはさすがにポールも気づかなかったようで、よく回る舌が続きを口にする。
「正義だのなんだの言って、アイツの甘さは回り回って人を傷つける。だというのにネグロ団長はアイツのことがお気に入りだからな。調子に乗ってやらかすのを止めてるだけ優しいだろ?」
上擦った笑い混じりの声は挑発的に響くが、それで私が食事のスプーンを止めることはない。
少し硬めの肉だが、煮込まれていることで飲み込むのは容易かった。水を一口飲み込んでから、その言葉に応える。
「どうだろうね。少なくとも私は助けられた側の者だから。
一つの選択が巡り巡って人を傷つけることもあれば、人を助けることもある。止めるのも優しさだとは思うけれど、君ならより良い手段を差し出すことも出来るんじゃないか?それにイェシルも、いつまでも止められるだけの弱い存在ではないよ」
「……はっ、お人よしの仲間らしい言葉だな」
彼の望み通りの狼狽を見せることがなかったからか、面白くなさそうな顔をしてあちらも肉を頬張った。
一つの選択だけがその人の行動全てを決めるわけではないだろう。現にバラッドは、静かな調子で言葉を紡いでいた。
《ですが同時に、イェシルがその時に救った詐欺集団の一人が離反し中毒を治療する薬品を開発。それは詐欺の被害者のみならず、同じ症状で苦しむ多くの人をも助けました》
「ネグロ殿も、イェシルの行い全てが悪と断じなかったから寛容な判断をしているだけでは?」
「……お前は、かつての団長を知らないならそんなことが言えるんだ」
かつてのネグロ…………。
下手をすればここにいる誰よりも詳しい気がするが。なにせ元直属の部下だ。
青い鳥のつぶらな瞳がこちらにじっ……と向けられている気がするが、気のせいだと信じたい。
「あの人はずっと完璧だった。百の騎士を正し、千の民を救い、火の渦中へと躊躇いなく飛び込み成果を上げる。そこに我欲はなく、ただ民を救うためだけに存在した。村や街にも団長を慕う女たちは多いが、そのどれもに騎士として敬い接する。それこそイェシル自身がいう正義の騎士の体現だ」
その言葉に思うところはある。だが口を挟むよりも先に、強くスプーンを握りしめた手が大きくテーブルを叩いた。その顔には激情が浮かぶ。
「それが、イェシルが団長の元に行ってからおかしくなった! 聖女にも平等公平だったはずのあの人が、あの女の相談所を気にするようになって、本来のあの人だったら、あれだけの暴動の後にすぐに戻るなんてなかったのに、そんな。……挙げ句の果てには、前々から予定していた演習に余所者をねじ込むだって!? イェシルのやつが団長に媚を売ったに違いない!」
…………どうしよう。
どこから突っ込んだらいいのだろうか。口を挟んだ瞬間負けな気がしてきた。
そもそも二人の中のこじれの根幹に私がいるとしたら、それはつまりバグとやらについても……。
《────大体あなたが原因では?それ》
(バラッド、)
「っ!?え、オマエ今何か言ったか!?なにが原因?は?」
口を挟んできた青い鳥を嗜めても、聞こえてしまっては後の祭りというか。バラッドの淡々としたツッコミが聞こえた様子のポールが突如立ち上がる。これはどうやって取り繕おうか。
「……何か聞こえたのかい? いや、まあ原因が俺にあるのではないかと言われたら否定できないのだが」
下手な言い訳でイェシルへのわだかまりを残すくらいなら、声以外は認めてしまったほうがいいだろう。改めてポールへと向き直ろうとして、結局わずかに目線を逸らしてしまった。
「オマエにある? 記憶喪失のオマエが何で……」
「イェシルが付けてくれた、俺の名前は知っているか?」
意図的に被せた問いかけに閉口した青年の顔は、訝しみながらも存外素直に横に振られた。
「イェシル曰く、一番話でよく聞く名前で、皇都にも同じ名前はたくさんいるからと言う理由で名付けられたのさ」
「…………あの馬鹿……!!」
誰から聞いたかは避けたつもりだったが、その後の言葉で私の名前に見当がついたのだろう。思いきり頭を抱えるのをみて眉を下げる。
「おまけに、どうやら私の顔はかの皇太子……殿下に似ているらしくて。ネグロ殿もその相似点から、ずいぶん私を気にかけてくれてるんだ」
話をしていくにつれて、青年の顔はだんだんと歪んでいく。そこには一言では言い表せない感情が内包しているようにも感じた。
「だからと言って、イェシルとどうこうしろと言うつもりはない。彼も君に奮起させられて頑張っているところだし、何よりそれは君の感情だ。──まあ、その原因が私の所為だというのなら、その誤解は解いておきたいと思ったのだけれど」
「…………や。なに、アンタそんなにヴァイス殿下に似てるわけ?ふーん」
先ほどまでの熱がどこかに放り投げられたように抜けて、けれども余韻はあるのだろう。肩をがしりと掴まれて顔を覗き込まれる。鼻先がつきそうなまで顔が近づいた……と思ったら、
それは勢いよく離される。
ポールの肩に別の者の手が掛かっており、力づくで退かされた形だ。私にも、剥がされたはずの肩に別の腕が乗っていて、それがこちらを仰向けに引き倒すように力を込めてきた。
「何をしている」
「……ネグロ殿」
体勢を崩した身体は倒れきることなく途中で止まり、抱き止めるような姿勢でネグロがこちらを覗き込んでくる。その顔は決して上機嫌と言えるものではない。
目の前にポールがいるにも関わらず、そのまま抑揚のない声が問いを投げかけてくる。
「ヴァイス。この後の予定は」
「……食後は馬具の確認を後方支援部隊の者たちとする予定です」
「そうか。なら彼らには私の手伝いをすると伝えておこう。着いてこい」
返事を待たずに私の腕を掴み、引き上げるように立ち上がらせてきた。
「ネグロ殿っ!」
声を荒げて名を呼ぶが、腕の力は弱まりこそすれ解かれることはない。どこかへと私を連れていくように歩き出すのを、たたらを踏んで着いていくしかできなかった。
「…………え、原因がアイツってマジ?」
ポールが呆然とその光景を見て呟くのを、聞く者はいなかった。
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