第22話 模擬戦闘②


 さて、一騎当千のあり方が変わったとして何が変わるかといえば、模擬戦闘に取り組む人々の姿勢だ。やる気という点は各々異なれど、優秀さを示すために戦術を練りはじめる。


「ツィルハネ師団長は慧眼だ。明らかに力量差がある者を狙ったところで印象を悪化させるだけだろう。そうなれば君やポール殿は間違いなく狙われる側になる」


「ポールだけじゃなくて俺も?」


「当然だろう、君の剣の腕前は騎士たちの中でも上だ。加えて地のグラディウスを持っているのだから、君を打ち倒すことで評価を得ようとする者も多いはずだ」


 口をむぐむぐと動かすイェシルの表情は、困惑と気恥ずかしさが入り混じっているようにも見えた。


「そしてポール殿は確執がある以上、高い確率で君を狙ってくるはずだ。だから今日の戦いはこんなふうに動いてほしい」


 午前の鍛錬後の休憩時間。アカネと共に保護の法術を打ち砕く練習をしていたイェシルの元に水を差し出しながら、この後の動きを彼に伝えた。





 休憩が終わり、この訓練二回目の模擬戦闘の時間。

 多くの人々が踏みしめ蹴り上げた地面は砂埃が立ち、視界が狭まる中では銀の煌めきと鎧の擦れ合う音、威勢のいいかけ声が相手の居所を判断する貴重な材料となる。


「てぇぇっ!」「やぁっ!!」


 一人、もう一人。

 突撃してきた剣を避け、体勢の崩れた一人を押し出す形でもう一人の勢いを殺す。胸元に一撃を加えれば大きくのけぞった二人はそのまま地に背中をつけた。


「っし、なるべく、動かないで……!」


 ヴァイスがイェシルに伝えたことは単純だ。


 自分から誰かを狙いに向かわない。

 多くのものがイェシルを狙いにくる可能性が高い中、自分から動き回ることはそれだけでロスに繋がることになる。特にイェシルは咄嗟の動きが多い分、そこが乱れやすい様子だった。

 ならば足を踏み締め、完全に迎え撃つ体勢を整えて臨んだ方がいい。


《グラディウスにも秘められている四つのエーテル属性は動きや感情とも相関しています。地の属性が示すのは“不動”“沈静”。イェシル自身の性質とは異なりますが、それを操ることができるようになることで、彼自身も一つ力を得ることになります》


 そんな青い鳥の助言を耳にしていたのはヴァイス一人だったが、考え方が間違っていないことが分かったのは嬉しい誤算だ。


 続けてきた三人は功を争って互いに連携をとることもしない。ならばイェシルの敵ではなかった。

 水平に薙いだ剣の元に一人が昏倒し、迫る相手の腹目掛けて蹴りを繰り出せば二人目。三人目は分かりやすくたじろいだから、その隙をついて胸元を一突きだ。


 だがその緩急の隙をつくように赤い一本線の籠手、ポールが細剣を手に突撃する。昨日のように一撃で手首を弾かれることもなく、一撃、二撃と打ち込みが続く。

 けれども周囲もそれで止まることはない。対峙する二人を囲うように剣が、槍が振り下ろされる。

 保護の法術を防具に欠けているとはいえ、繰り返し攻撃を受ければそれは弱まるものだ。隙間を縫うように放ったイェシルの一撃は、しかし強度が今一歩足りなかった。


 脇腹に一撃を喰らったイェシルは、うめき声と共に地面に倒れた。




 旗を奪取した合図はまだ聞こえないが、動ける者の塊が遠ざかっていく。ポールも息を切らせながら、自分を狙うものたちから逃げるようにその場を後にする。


 残されたイェシルは大の字のまま、けれども昨日よりはずっと晴々とした顔で私たちが駆け寄るのを視界に入れた。



「あー!!きっついな!アカネ、今のもうちょいだったよな!?」


「はい……すみません、私の守護法術の力が及ばなくて……」


「アカネのせいじゃないって。俺があの一撃をもっとグラディウスと呼応させて喰らわせれば良かったんだ」


 反省点がわかっているのなら言うことはない。……の、だが。何故か二人してこちらへと振り向き、何かを期待するように見つめてくる。



「「ヴァイス(さん)!!何かアドバイスがあったら教えてくれ(ださい)!」」


「……俺が言わずとも残り一日も研鑽をしていれば、十分上を目指せると思うけれど」


「そんなこと言うなよー!ヴァイスの助言の通り動かないでやったら、前より視界が広くてさぁ、他にもなんか良い方法あったりするんじゃねえの?」


「だってポールさんの防具にかけられてたあの守護法術ヴァイスさんのですよね!?わたしもあんな風にもっとムラのない術をかけたいんです!」


 二人がかりで腕を掴んで懇願されるのを断固拒否できるほどヴァイスは非常になりきれなかった。それが出来たのなら当の昔に民衆を苦しめる悪徳皇帝の道を歩んでいただろう。


「……あくまで口を出すだけでいいなら、今日の仕事と鍛錬が終わったらね」


 破顔した二人が無邪気に手を合わせる傍ら、高らかな師団長の声が雌雄を決したことを告げた。



 ◇



 イェシルの奮戦もあってか、今日の模擬戦は黒軍に軍配が上がったらしい。長い時間ポールを引き留めていたことが、結果的に勝利を引き寄せたのだろう。はじまる前は山頂前だった太陽が戴を大きく越えていた。


「ひとまずウチは昼飯食いながら反省会だな。アカネ、ヴァイス、また後で!」


 大きく手を振るイェシルに続いて、アカネも後方支援部隊に呼ばれたようだ。わたしも同席しようとしたところ、治癒部隊の反省だから大丈夫だと言われてしまった。


《既に仕事をしすぎているからこれ以上はと思われたのでは?》


(今日はまだ何もしていないんだが……)



 昨晩思ったより眠れないからと備品整理当番のものに声をかけて、彼らの仕事である備品目録の整理に加えて修復が必要なものの一覧まで作成してしまったから出しゃばりすぎたかもしれないな……。




 反省はあるが、食事を摂りながらでもできる。スパイスで煮込んだ肉を受け取って隅の席に着けば、わざとらしい音を立ててその隣に座る影があった。


「随分と念入りに保護の術式をオレの防具にかけてたもんだな。アンタが仕事を手抜きしてたら、イェシルの負けはなかったんじゃないか?」


「仕事に手を抜くわけがないだろう。そんな形で勝ったところで、君に軽蔑されるだけだ」


 唇に笑みを湛えれば、訝しむように細められた男の瞳とかち合う。薄い金の髪をなでつけた男、ポールはまあいいかと独りごちた後に皿の上のスプーンを手に取った。豪快に肉を頬ばりながら、視線だけをこちらに向ける。


「夢想家なのか仕事人なのか分からねえな……一宿一飯の恩を義理堅く受け止める性質たちか?」


「恩はもちろん返せる時に返すべきだと思うがね。俺はただ、手伝いとして組織の全体最適を考えて動いているだけのことだよ」

「全体最適ぃ?」


 向こうの枝に止まって羽づくろいをしている青い鳥を眺めながら頷いた。


「ああ。騎士団は治安の要だ。君たちが強くあることは、ひいては国を良くするためにも繋がるだろう?」


「お前……それ、本気で言ってる?」


 胡乱な瞳を向けられる。昔からよく似たような目線を見たことがある。隠さずにそれを示す辺り、彼の純朴さがうかがえた。


「勿論だよ。それともポール、君は騎士団にいながら、騎士は治安に寄与しないと思っているのかい?」

「……団長の存在は偉大だと思ってるさ。でもその他のやつはどうだろうな。夢みがちなお人よしもいるくらいだ」


 イェシルのことだとはその揶揄する温度で察せられる。


「人の良さで迷惑でもかけられたのかい?」


「ここに入ってから腐るほどな。だがそれに厭気が刺したわけじゃねえ。……いいか、お人よしのご友人」


 彼は片方の口角をあげて、喉奥を鳴らしながらスプーンの先端を私へと向ける。


「あの男はな、正義を名乗る資格なんてないのさ。何せあいつのバカな選択のせいで、多くの人が苦しんだんだから」

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