三頭犬、食い扶持を稼ぐ 5


「えっと、あの、その」


「お前に」


 突然の展開に目を白黒させてるあたしに、先輩さんは言う。


「いい知らせと悪い知らせが、一つずつある」


「はい?」


「まず悪い知らせだが、俺はそれほど強くはない」


「はい!?」


 突然何言い出すんだ、この人。


「見ろ、さっきのは完璧な奇襲だったにも関わらず」


 先輩さんが、かなり特殊な形をした黒いナイフを魔獣に向ける。


「三匹の内、二匹は殺り損ねた」


 見れば、先輩さんの言う通りだった。さっきこっちを襲おうとしてた魔獣の内、一匹はもう動かないけど、二匹は唸りながらもなおこっちを睨んできてる。


「うぇぇ」


「故に、こいつらを全滅させ、安全に森から脱出。というのは期待するな」


「わ、わかりました」 


「そして、いい方の知らせだが」


 先輩さんが、くるりとナイフを手元で回し。


「俺は撤退戦は苦手ではない。故に」


 逆手に持ち替え。


「お前が半人前であれ、きちんと冒険者として立ち回るのであれば」 


 視線は前方、魔獣の群れに固定したまま。


「必ず、生還させると約束しよう」


『出来るか?』と。


 そう言外にあたしに問いかけて。


「……はい!」


 あたしもなるべく力強く答える。


「―――よし。いい返事だ」


 それを聞いた先輩さんは、満足そうに頷いた。


「では、ひとまずこの包囲から抜け出すとしよう。おい、そこの犬ども」


 先輩さんが、今度はあたしじゃなくてアニキ君達に問いかける。


「……む」

「はい?」

「なんであるか!」


「あの決闘は見ていた。包囲の広域に『咆哮ハウリング』、放てるか?」


 アニキ君達が、ちょっと思案顔を浮かべる。


「出来る、のであるが」

「警戒されてるから」

「……効果は薄そうだぞ」


「構わん。数秒、耳さえ潰せるのであれば」


 先輩さんの手の中には、いつの間にか一個の球体が握られていた。


「後はこいつの出番だ。投げたら、放て」


 言うが早いか。

 先輩さんは小さく振りかぶって。


「『咆哮ハウリング』を放ち終わったら、鼻と口を塞いでいろ。後は俺が抱えて運ぶ。後輩、お前は、その契約紋の繋がりを頼りに、俺を追って来い」


「はい!」


「……ん?」

「分かったのである!」

「え?」


「決して離れるなよ」


 手に持ったそれを、群れの中心へ放り投げた。


「今!」


 合図と同時に。


「『咆哮ハウリング』!」


 アニキ君が『咆哮ハウリング』を放つ。

 ビリビリとした空気の振動に、魔獣たちは身を一瞬硬直させる。けど、気絶まではいかない。

 精々、数秒の間、耳が効かなくなるくらいの効果しかない。

 けど、そのタイミングで。


 群れの中心で、白い煙が爆発した。


 

 白煙の中を、黒い影が疾駆する。

 あたしは、目もちゃんとは開けていられないくらいの煙の濃さなのに、先輩さんはお構いなしで、すいすいと魔獣とか森の木の間とかを縫うように進んでいく。


「み、見えてるんですか!?」


「訓練すれば、な」


 凄い。

 あたしが先輩さんを追えるのは、先輩さんが抱えて走ってる、みんなとの繋がりのおかげだ。

 目には、なるべく頼らない。

 見えてなくても、糸で引っ張られるみたいになって、みんながどっちの方にいるのか分かるから。

 そのうち、煙の範囲をすぐに出る。


「後輩、付いてきてるか」


「はい。問題ないです。あたしは」


 そう、あたしは問題ない。

 問題は。


「……ごふ!ぐふ!」

「くしゅん!くしゅん!」


 レフト君と、ライト君のほうだった。


「口と鼻を塞げと言っただろう」


「……ぐふ、無茶を」


「言うな!くしゅん!」


「すまぬ。忘れてたのである」


「うわぁ」


 手は二本。アニキ君が自分の口と鼻を塞いだから、レフト君とライト君は煙をモロに受けていた。


「魔獣除けの外香だ。しばらくは抜けんぞ」


「誰のせいだとおもって……くしゅん!」


「仕方ない。ここから先も、俺が担いで走る」


「迷惑をかけるのである」


「全くだ」


 レフト君とライト君の恨みがましい視線もどこ吹く風

 先輩さんはあまり微動だにせず、あたしは若干不安を掻き立てられる。


(大丈夫かなこの人)


 いやまあ、全部今更ではあるんだけど。


「後輩、もう少し速度を上げても問題はないか?」


「えっと、大丈夫です」


「では、少し急ぐ。奴らも、すぐに追ってくるだろう」


「あ」


 あたしが返事を言う前に、先輩はさっさと走り出してしまう。

 なんていうか、さっきもそうだったけど、確認から行動までがとてつもなく早い。

 即断即決、とでもいうべきか。


「見習わなくては」


 あたしも先輩さんを追って足を動かす。


「後輩、付いてこれているか!」


「はい!」


 先輩さんは先導してくれつつも、時折きちんとこっちのことも確認してくれる。

 それに。


「来るぞ!」


「っ!?」


 気配の察知が、早い。


「風撃は呼吸を乱す。使用するな。今はなによりもまず障壁を優先しろ」


「はい!」


 指示通り、あたしは左手で印を結んで。


「『魔導障壁』!」


 一工程で魔術を結ぶ。

 背後からあたしを狙った魔獣は、障壁に阻まれてその場で弾かれて。


「よし、後、変われスイッチ


 その隙に、先輩さんと素早く前後を入れ替える。


「『風刃』」


 下がった先輩さんが素早く黒ナイフを振るって、風の刃で魔獣を切り裂く。


「ギャン!」


 仕留めたかどうかは分かんないけど、少なくとも追ってはこれなさそう。


「呆けるな、前、変われスイッチ


(この人、凄い!)


 あたしは。


「次、前方警戒!」


「はい!」


 いつの間にか、夢中になっていた。


(これが)


 先輩の指示通り、一つのことに集中する。


「『魔導障壁』!」


「『風刃』」


 それだけで、あたしたちの行軍は、止まらず、阻まれず、逆に魔獣は数を減らしていく。

 特別なことなんて、ほとんどしない。必要ない。


(撤退戦)


 先輩の指示は、的確で、堅実。

 そこには、経験に裏打ちされた戦術があった。


(これが!)


 視界が、開ける。


(冒険者!!)

 

  

「え、あ」


「ふむ」


 森を抜けた時、最初に思ったのは。


「あはは」


 本当はけっこう、危なかったとか、やった安全だってことより。

 もう、終わっちゃった、ってそんな、拍子抜けの感じだった。


「あははは!」


 そりゃ、そうだ。

 所詮この場所は、本来的には安全の保障された初心者冒険者御用達の小さな森。

 奥まで行ったって、それほど広くも無いんだ。


「いい腕だったぞ後輩。一年にしては、だが」


 森を抜ければ、後は安全。

 魔獣は、これ以上追ってはこないみたい。

 先輩も、警戒を解いていた。


「ここから先は問題ないだろうが、水棲亭まで送ってやる」


「……あの、先輩」


 それは、思い付きと直感フィーリング

 それに、機会はきっとここだけだと思ったから。


「どうした?」


 先輩は訝し気だったけど、あたしはその時。

 勢いに身を任せることにした。


「あたしの創るギルドに、入ってもらえないですか」

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