三頭犬、食い扶持を稼ぐ 3
『いつも頼んでる冒険者が、今ちょうど不在でね』
『うちの店で直接頼んでるクエストだから報酬も割がいいし』
『森には危険な魔物も魔獣もいないから、まあ初心者が初めてこなすにはちょうどいい難易度のはずだよ』
「なるほど」
割がいい、っていうのはまだ相場をよく知らないから判断が付きにくいけど。
「これは確かに、簡単だ」
リストに載ってる素材を順々に採取していく。
一緒に渡された地図に、どこに何があるかが詳しく載ってるし、特徴とか注意事項も書いてあるから、初めてでも難しいことはなんにもなかった。
「結構手馴れてるのであるな」
「うん。森での採取は村でやってたから」
元からそこそこの知識はある。
むしろ、懐かしいしちょっとおもしろい。
「みんな、警戒はお願いね」
「うん」
「うむ」
「……任せろ」
護衛までいるんだから、安心安全。
あたしの冒険者人生、幸先のいいスタートと言えるんじゃないだろうか。
「これであの金額なら、確かに学園でウェイトレスやるよりは可能性あるね」
「けど、今回のは結構割のいい仕事だって言ってたよ」
「なんだよねえ」
やっぱり、本命は。
「ダンジョンアタックか」
あの額の借金を返そうとするなら、最終的な目標はどうしたってそこになる。
けど今は絶対に無理。
実力的にとかじゃなくて。
学園の規定的に無理なのだ。
「……パーティーかぁ」
学園生がダンジョンに挑むのには、最低でも四人のパーティーを組む必要があるらしい。
だからまず。
「最低でも、あと三人」
……出来るかなぁ。
「あたし、学園じゃあ友達作りにも失敗したのに」
それなのに、お仲間なんて身の程知らずもいいところ。
なんて、言ってて落ち込みそうになるけど。
「ま、今考えても仕方ないか」
とりあえず今はお仕事お仕事、と。
「これで、最後」
採取表の一番最後は、滋養のお供。
「蜂蜜ね」
あたしは懐から、店主さんからもらった袋を取り出す。
軽ーく振りかぶって、投擲。
「そりゃ」
『これを蜂の巣にぶつけてやると、匂い粉が広がって蜂が一時的に出ていくから』
お、一発命中。
『蜂がいなくなったら巣を下半分くらい切り取って持ってきて。全部はとっちゃダメだよ』
「なるほど、これは便利だ」
予備含めてあと二つ貰ってたけど、後で返さなきゃ。
「むう」
巣に近づいていくと、アニキ君が変な声を出す。
「あれ、どうしたん?みんな」
見ると、レフト君もライト君も少し苦い顔だ。
「我らにとっても、ちょっと苦手な匂いなのである」
「へー」
あたしは全然感じない。
魔物とか専用なんだろうか。
「……よし」
言われた通りに巣の半分を切り取って、採取袋に入れる。
これで、お仕事お終い。
(後は、帰るだ……)
「シズク殿!!」
「!!」
突然、アニキ君が鋭い声を上げた。
「え、なに!?」
「警戒するのである!」
はっとして、あたしは剣の柄に手をかける。
「ねえ、もしかして」
「何か妙な気配なのである」
あたしには、まだ分かんないけど。
みんなのピリピリした感覚が、契約紋を通して伝わってくる。
「すまぬ、シズク殿」
アニキ君が前方を警戒しながらあたしに言う。
「いつの間にか、囲まれているのである」
「……!!」
相手の姿は、一切見えない。
けど、少なくとも、複数で、かつ、ここまであたしやアニキ君達の警戒網に引っかからなかった気配遮断の持ち主。
つまり。
「――魔獣」
ここは、安全なはずじゃ、とか。
なんで、とかはあと。
とにかく、ここを切り抜けないと。
「シズク殿」
アニキ君があたしの方を見る。
「我らが咆哮を放ち、包囲に穴をあけるのである。それと同時に駆けて、そこを抜けて下され」
あたしは、黙ったまま、こくりと頷く。
「ライト、レフト、合わせよ」
息が詰まる。
合図は、いらない。
契約紋から伝わってくる緊張と、鼓動。
あたしたちを囲んでる側も、こっちが警戒態勢に入ったことに気が付いてるはず。
向こうのじわりじわりとしたにじり寄りと、あたしたちの呼吸の合わせと備え。
その均衡が。
「「「『
アニキ君達の咆哮によって、破れる。
「―――!!」
それと同時にあたしは前方に向かって走りだした。
包囲の、その外側へ。
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