ぼくたちに大人の恋はむずかしい

天露らいむ

第1話「恋愛実験(れんあいごっこ)」

「澤井くん、ウチとお付き合い……してくれる?」


「ふぁっ!?」


「なにそのリアクションwマジウケルwww」


 放課後の体育館裏、遠くにサッカー部の練習の声とセミの声が響いている。まだまだ夏の日差しの厳しい夕方。


 県一の美少女中学生と名高い、加藤晶かとうあきらは突然の告白にフリーズしたぼくを見て爆笑していた。


(ど、どうしてこうなったーーー!!!!)


 時は今日の昼休みに遡る――





 中学二年生の一学期、夏休み直前の期末テスト返却最終日。


 ほぼ満点近い点数の並んだテスト点数簿(通知表とは別)を机に広げてぼくは満足感に浸っていた。


(よし!!!!これで父さんにあのゲームを買ってもらえる!!!!)


 夏休み、お盆前は長期休暇前を狙った大型タイトルの発売日が多く、ぼくも狙っている新作ゲームの発売日が控えていた。


 約九千円と中学生には少しハードルの高い金額設定のその新作を買ってもらうために、ぼくは両親と取引をしたのだ。


「期末テスト全教科で九十点以上取れたら、誠一の欲しいあのゲーム買ってやるよ。ついでに学年順位五位以内に入ったらDLCも全部買ってやる」


 無理かもしれんが誠一ならできなくはないだろ?そう言って微笑む父の期待と新作ゲームのため、今回のテストは生まれて初めて全身全霊で頑張ったのだ。


 いつもは見直しも適当に済ませていたためにケアレスミスも少なくはなかったのだが、今回は最低二回ずつ、目を皿のようにして見直しを行なった。


 その甲斐あってテスト平均点は九十六点。学年順位はなんとなんとの二位をゲットすることができたのだ!


 ちなみにぼくの中学校はテストの結果が点数簿としてまとめられて、学年順位も書かれる。順位の張り出しはされないけど本人の順位だけ知らされるシステムだ。


(ゲーム自体はもう発売してるけどね!とりあえず帰ったら結果報告して、明日の学校帰りにゲーム買ってとりあえず夏休み入って一週間はゲーム三昧だな!宿題はそのあとから集中すれば二、三日で終わるだろ。まずはストーリークリアしてから――)


「うわ!澤井学年二位じゃん!マ!?」


「!?」(ビクッ)


 夏休みのゲーム計画に思いを馳せていると、耳元で加藤晶の驚く声が響いた。


「び、びっくりした……か、加藤さんか」


「アハハ!ごめんごめん。期末の点数見てヘブン状態になってたから、よっぽど良かったんだろうなーって」


「ヘブン状態……い、いやいや誤解だって!親と新作ゲームを賭けて勝負してたから……」


「へーそうなんだ!買ってもらえそ?」


「う、うん、ばっちり。DLCも含めてフルセットいける」


「よかったじゃん!なんてゲーム?でぃーえるしーって何?」


 そう言いながら加藤さんはぼくの向かいの席に腰掛けた。


「ドラゴンズソウルサーガⅡってオープンワールドゲーム。いわゆる死にゲーってやつでレベル制じゃなくてスキルツリーとドロップアイテムとか装備でステータスをあげながら攻略するゲームで前作プレイしたときは父さんが買ってたやつをプレイしたんだけど小学生ながらもアレは神ゲーだって――」


「へ、へー……」


 し、しまったーーーーーー!!!


 オタク特有の早口でまくし立てるように話してしまったっ!


 加藤さんの頭の上にぐるぐるとローディングアイコンが見える!


「ご、ごめん加藤さん。ゲーム買ってもらえるのが嬉しくてつい……」


「う、ううん、ダイジョブ。てか澤井めっちゃ喋るじゃん」


「そ、そうかな?」


「澤井って何気に頭いいと思ってたけど、マジですごいじゃん!」


「こ、今回だけだよ。欲しいゲームがかかってたから本気で頑張っただけ」


 加藤さんが身を乗り出してぼくの点数簿を上からのぞき込む。


 加藤さんの長い髪が机の上で軽く握られたぼくの手の甲をサラサラと撫でる。


 あ、いい匂いする……。


「澤井ってジミになんでも知ってるよね?」


 地味は余計だよ。


「オタクってみんなそうなの?」


「ぐっ」


 オタクってストレートに言われると、ちょっとグサッとくる。


「な、何でもじゃないよ。知ってることだけ」


「なにソレ、ウケるw」


「そ、そうかな……ははっ」


「……」


 く、空気が重い……


「あーそだ。ウチさー、澤井に教えてもらいたい事があるんだよね」


「え、勉強?教科は?」


「ん~、教科ってか実験ってか」


 加藤さんは窓の外に視線を向けながら、指先でクルクルと毛先を弄ぶ。


「ちょこ~っと実験に付き合ってくんない?」


「実験?べ、別にいいけど」


「アキラー!こないだのコスメの事教えてー!」


「おけー!――じゃ澤井、放課後体育館裏に来て!絶対ね!」


「あっ、ちょ、待っ」


 加藤さんは陽キャ女子グループに呼ばれ、ぼくの返事も待たず行ってしまった。


「……実験、体育館裏で?」




 そんなわけで放課後。


 加藤さんの言葉を無視するわけにもいかず体育館裏に来たというわけだ。


「あ、あの加藤さん、つ、付き合うってどっかに買い物とかそゆこと?」


「チガうしw実験付き合ってくれるって言ったじゃん」


「じ、実験?ここで?」


「そ!レンアイジッケン」


「恋愛……実験?……とは?」


 なに言ってるんだコイツ?

「なに言ってるんだコイツ?」


「は!?失礼だし!てかさ、澤井って頭いいし何でも知ってるじゃん」


「うん、まぁ」


「ゴーマンwウケるwで、ウチモテるじゃん?」


「傲慢wウケるw」


「真似すんなし!でもさ、ウチってこー見えて恋愛経験無いし良くわかんないから、澤井に教えてもらおうかなって」


 恋愛経験、無いのか……


「それで実験?」


「それな。澤井もドーテーぽいし彼女いなさそうだし、じゃあ一緒に勉強すればいいんじゃないかなーって」


「ど!?」


 女の子がど、童貞とか言うな!彼女いないのは事実だけど。ついでに言うならできたこともないけど。


「……バカなのかな?」


「うっせ!で、どうだった?世界一の美少女中学生にコクられた感想は」


「世界一は言い過ぎだろ。県一くらいなら異論はないが」


「えっ……」


「あ、いや、な、何でもない」


 言っちまったーーー!


 し、視線を合わせられない……。


「そ、それじゃ、これ!これに今のコクハクのレポート書いて、今度提出すること!!LINEのアドレス書いといたから、登録もしといて!明日までな!!バイバイ!」


 ノートにしてはちょっと分厚い冊子をぼくの胸に押し付けて、加藤さんは走って帰っていってしまった。


 手元のノートに視線を落とす。


―― Diary 

 恋愛実験レポート 澤井誠一♡加藤晶 ――


 それはゴテゴテにデコられたピンクと黒のドギツイ色をした日記帳だった。


「誠一って……名前、知っててくれたんだ」

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