【第6.5話】過去

今でも鮮明に覚えている。

目を閉じると、その時の光景が思い浮かぶ。

私が、人族の王として成した大義を。


ー過去を遡りー


「王よ!ラザール王よ!」


「どうしたカルラ、騒々しい」


「各種族の王を集めて、種族間会議を開くというのは本当ですか!?」


王の私室に勢いよく入り、カルラはラザール王に尋ねる。


「手紙は各王に届けてある、1ヶ月後に種族間会議を開くつもりだ」


「しかし、各種族の王を集めて、一体何をされるおつもりで?」


「世界の平定について話す」


私は、先祖代々引き継いできたこの国を守ってきた。

しかし、この均衡もいつ崩れるか分からない。

今は不戦条約があるとはいえ、他種族が手を組めば?

昔の遺恨もまだまだ残っている。

いつか、不戦条約が破られれば、終わりだ。


今の人族は3つに分かれている。

魔術に特化した【エルフ人】、生産に特化した【ドワーフ人】、そして我のような戦闘に特化した【ヒューマ人】。

永い年月をかけて、魔心に対抗するかのようにそれぞれの血筋を色強く残し、進化(準備)を続けてきた。


ただ、決め手にかけていた。

古くからの言い伝えも、根拠がない。

今まで、異世界の者を願い待ち続けていたが、未だに現れる事はない。

この本を手に取るまでは。


少し前の事だ、いつも通りの朝に目を覚ますと、枕元に古びた本が置いてあった。

身の回りの者に尋ねたが、誰も知らなかった。

少し怖くなり、その日は寝室に放置した。

翌る日、どうしても本が気になり開けた。

驚く事に中には、見たことも、聞いたことも無いような内容が書かれていた。


一心に読み進めていくと、最後のページに〈我、ココニ全テヲ残ス、未来ノ人族ニ繁栄ヲ願ウ、コノ本手テ取リシ者、汝ニ全テヲ託ス ーノブヨシー 〉と書かれていた。

【ノブヨシ】とは、我々の創祖先。人族の始まりの人物だ。何故こんなものがここに?

我は、この本の内容を読み解くことにした。


そして、時間を要したが、我は全てを読み解き、今回の種族間会議の開催を思い立った。全ては人族の繁栄の為に…と。


「かしこまりました!王の身意思のままに…」


カルラは私室を後にし、1ヶ月後に差し迫った種族間会議の為に準備を進めていく。


種族間会議の場所は、世界の中心たる絶対不可侵領域、【リュッケ(空白)】言葉の通り何も無い平原。

平原の周りを、各種族の領界線となる、森や川などが綺麗な円を囲むように出来ている。

古くから存在するその平原は、各種族が絶対不可侵領域として領土に組み込まないようにしてきた。

そこならば、各種族も警戒せずに来ると踏んだのだ。


「あぁ…待ち遠しい。幾千年、この時を待ち望んだ。祖先の数々の想い、我の代で終止符とさせて頂く」


その手には古びた本を携え、ラザール王はきたるべき日を、今か今かと待ちわびた。

その笑顔とは裏腹に抱えたものを、誰にも明かす事なく。



とある場所にて、男が手紙を読んでいる。

力強く、逞しい体とは似つかない、金色になびく大きな尻尾をゆらゆらと揺らし、ツンっと伸びた耳を立てながら。


「お父様!お父様!」


すると、その男の元へ1人の少女が駆け寄る。


「おぉ、コハクよ!いつも元気だなお前は!」

「ははははっ!流石俺の娘だ!!」


男は娘を強く抱きしめながら話す。


「く、苦しい…お父……様…」


「お、おぉっ!すまんすまん!ついな!」


コハクはむせながら呼吸を整える。


「ねぇ、ねぇ!お父様?どこかへお出かけするの?」


「ん〜?よく知っとるな、少しな…遠くへ」


「私も行きたい!連れて行って!!」


「ならぬ!!」


男はつい、力強く返してしまう。

手紙の内容は、人族からのものだった。

各種族を集めての種族間会議と題してはいるが、古くから互いの事を、目の敵にしていた。

そんな人族からの手紙など読む気にもならなかったが、手紙を届けに来た者から一言「古き本が我が手に、創祖先の力と共に」との事。

とてつもなく嫌な予感がした。先代の王から詳しくは聞かされてないが、人族の創祖先は、残虐の限りを尽くしたと聞いている。


「お父様のけち!私もいくの!!絶対に!!!」


どうやら、娘は俺に似て聞き分けがないよう。

似てほしくないところなのにな。


「そうだなぁ…ならこうしようか?」


俺は自分の胸に指を当てる


「ここで待っていてくれれば、俺の“魔王心”をコハクに譲りたくなるかもなぁ〜?」


「えっ!?本当に!?私もお父様の様になれるの!?」


俺の前で喜びをいっぱいに、大きく飛び跳ね。

俺に似た、金色の耳と尻尾を大きく揺らし、亡き妻の面影を感じさせる、金色の太陽の様に照らしてくれる、満面の笑顔を俺に向けながら。

それはとても…眩しかった。少し、霞むぐらいに。


ー1ヶ月後ー

人族からの手紙の通り、リュッケ(空白)に各種族の王が集まる。

先に到着していた人族が用意していたらしい。

土(イルソ)の術式によって創り出した、丸いテーブルと7つの椅子に、各種族が腰をかける。

お互いに見知った顔ではあるが、今日は気分のいいものでは無い。

俺は、出立前の娘の顔を思い浮かべながら、気持ちを少し落ち着かせる。


全員着座したのを確認、人族の王が口を開く。


『急なお願いではあるが、お集まりいただき感謝します。ご存知方は思いますが、此度の種族間会議を提案しました、人族の王 ギルテ=ラザールと申します』


竜族の王が低い声で話す。

「御託はいい…用件を述べろ。まさか、俺らの関係が知らないとは言うまい?」


「ほほっ、竜族の王の言う通りじゃて、儂かて遠路はるばるきておるのじゃ、手短に頼む」


『竜族の王、妖族の王…これは申し訳ない、では割愛して、本題に入るとしよう』


ラザール王は、懐から古びた本を取り出す。

それを全員に見せると、周囲がざわつく。


「やはり…人族の下にあったか」


「おぞましいものがまだ残ってあったとは」


天族の王と、戒族の王が口を開く。

俺は見たことない本について、海族の王に小さい声で尋ねるが、何も知らないそうだ。古参の王達は目の前の本がなにか知っているようだ。


「儂等のような、ご老体を脅すつもりか?」


『ははっ!ご謙遜を!こちらにも伝わってきますよ!あなた方の殺意が!恐怖が!!』


途端に全員の気迫が変わる。

テーブルと椅子に亀裂が入り、気圧される。


「舐めるなよ、歴史も知らぬ小童が…」


竜族の王が立ち上がり、今にも襲いかかりそうな勢いだ。


「ちょっと待ってください!あの本は一体なんなんですか!?俺も海族の王も知らないんですよ!」


『その話を続けましょうか…遠い過去の話を…』


ーはるか昔。この大陸ができ、生命が誕生した際に、神は6つの命をこの地に宿した。そう、人族以外だ。

それぞれの命は、魔心と呼ばれるものを核に生命を形成する。

そうして誕生した6種族は、互いに助け合い、時には小競り合いもありながら生活を続けた。

時は経ち、それぞれが国を起こした。

各国の王に、神は魔心王を授けた。

それが、この世界の始まりだそうだ。


暫くし、互いの国が確固たるものになった時、異界より1つの生命体がこの世界に落ちた。

それが、人族の始まりである。

彼はノブヨシと名乗ったそうだ。

ノブヨシは各地を転々としながら、生活を続け、とある場所に行き着いた。

たった1人だが、その地で国を立ちあげる。


それからというものの、ノブヨシは異世界からの召喚を繰り返し、数と戦力を拡大。

ノブヨシを人頭に、各種族への侵攻を始めた。

食物を求め、土地を求め、快楽を求め。


各国とも、一進一退の攻防が続く中、人族をこの地から消し去る為、6種族は手を取り合い、全勢力を持って人族の殲滅作戦を決行する。

お互いに痛み分けともいえる、結果だった。

ノブヨシは最後の最後まで戦い続け、その命を終える事となった。


それ以降、残された人族はこれ以上の争いはしないと、その時のノブヨシと近しい人物全ての首を差し出し、この地に生かしてくれと懇願。

6種族は話し合いの末、それを受け入れる。

残された者は、意図せずして呼ばれ、無理やり争いに巻き込まれた者達。

彼等には少しばかりの同情が残っていた。

そうして、不戦条約を締結する事となった。


その際にノブヨシの力を残したであろう物は、全て破壊し尽くすことが条件となる。

書物を燃やし尽くし、建物を破壊。

そうしてノブヨシの国を更地にし、人族を大陸の奥へと追いやった。


『そう、そのノブヨシの国があった地こそがここ!、リュッケ(空白)なのだよ』


「ノブヨシの残した力とは…まさか…」


『察しがいいな獣族の王、この本にある』


全員が唾を飲み込む。かの対戦の最中、6種族を破滅へと導かんとするその力を、俺たちは知らないのだから。


ラザール王は大きく息を吸い。

『人族の王、ギルテ=ラザールが宣言する!この日をもって、不戦条約を破棄とする!!」


「「「なっ!?」」」


『そして、始めよう!人族の繁栄の歴史を!!』


ラザール王が本を開く。


「奴を止めるのじゃ!!」


妖の王が声を上げるが…遅かった。

それぞれの王は身を乗り出し、ラザール王へと襲いかかる…が、間に合わなかった。


〔地獄の触手(ヘル・ハント)〕


地面から突如、赤黒いひび割れた腕が何本も伸びて俺たちを掴む…全員が拘束された。


「「「くそっ!何だこれは!解けない!」」」


『ふはははっ!無駄ですよ皆さん!…そしてありがとう!我らの礎となってくれて』


「竜の魔王心よ!我が身を解放し、竜の…」


『無駄だ!その魔王心、いただかせていただきますので!』


すると、赤黒い腕がそれぞれの王の胸を貫く。


「「「なっ!? がはっ!」」」


突き抜いた腕は、体の中から引き抜かれる。

手には胸の中から抜き取った、丸い玉の様なものが握られた。


『素晴らしい!これが魔王心か!これで我等の悲願が達成される!!ふはははははははっ!!』


血に濡れ赤く染まった腕は、私達の想いを打ち崩すかのように、音を立てて崩れ去る。

それぞれの王は、身動き取れずにその場に倒れ込む。


誰も起き上がらない、声を上げることもなく。

薄れゆく意識の中、ラザール王の傲慢な笑い声が響く、何も出来ぬままに。


せめて、最後にコハクに会いたかった。

あの笑顔を思い浮かべながら、意識が落ちる。

(……ごめん、コハクを守れなかった…君の言葉を守れなかった…コハクに何も残せなかった、約束した魔王心さえも…)


無念の中に、獣族の王は消えていった…

残された娘を想い、亡くなった妻に謝り…


『さて、早速取り掛かるとしよう…この魔王心を封印し、各種族を弱体化させる!そして、侵攻を開始するのだ!!この日を持って!人族の未来を、繁栄を約束する!!!』


平原の周りにある森の中から、地面を揺らすほどの足音と唸り声が響き渡る。

これから始まる、人族の大侵攻に歓喜するかの様に。


ー …お父…様? ー


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