【第5話】獣の王(ケモノノオウ)

ひとしきりの話を聞き、私の現状や、この世界の成り立ちについての疑問は解消できた。

今後、私が成すべき事や、この人達の想いも。

力になりたいと思い、力になるべきだと思う。


元の世界では何も成す事ができず、何も残せなかったからだ。

この手から、全てが溢れ落ちていった。


私に出来る事があるのなら、やってみよう。

あの日のような思いはもうしたくない。

溢れずにいるのなら、今度こそ拾い上げたい。


この人たちも、私にそう願っているのだから。


そう決意し、お二人についてもう一度尋ねる。

そうすると目の前の女性は、金色の髪を揺らし、先ほどとは違う優しい琥珀色の瞳で方を見つめ、答える。


「妾か?妾はの…【コハク】という、お主の言う通りラクーンと同じ獣族じゃ」


そういうと、彼女…コハクは術式を唱える。


《 元原リターンオリジン 》


すると、頭の上から長く、ツンとした綺麗な耳が生えてくる。後ろにも、綿毛のようなふわりとした尻尾のようなものも生えており…まるで、狐のようだと感じた。


「どうじゃ?驚いたか?」


「はい…とても、綺麗ですね」


「ほぉう?どうやらお世辞は言えるようじゃな」


「私に心はありませんが、本心です」


コハクは照れくさそうに感謝を述べる。

私は、何故か不思議だった。

心がないとはいえ、過去のデータから出した言葉なのか、それともこう言えばいい方向になると計算したから出た言葉なのか。

これが、本心だとして、心から出たものなら…

人と私たちAIの違いとは一体。


「姐さん、それだけじゃないでしょう?」


「おぉ、そうじゃった…妾は、獣族のコハクであり、獣族の王でもあるのじゃ」


さらっとコハクは告げる。


「…えっ?」


「姐さん、軽いですって。見てください、驚いて固まってるじゃないっすか」


ラクーンの言う通り、驚き固まってしまった。

現在、五種族いるとの事で、それぞれの種族に王がいるとは思っていたが、まさかこんなにも早く出会う事になるとは。

しかし、王が直々に敵地のど真ん中まで潜り込んでくるとは、些か不用心では?


「心配には及ばん、この術式は我らが独自に編み出したもの。他の種族には真似出来ん以上、バレる事もないのじゃ」


「ちなみに、ここにくる途中に出会ったクベアの奴も同じ術式を使って姿を変えてるからな、分からないもんだろ?」


確かに、側から見れば分からないだろう。

この世界の術式とは、多様性に富んでいる。

こちらも、それに対抗できるように術式について詳しく調べておかないといけないらしい。


「さて、こうして獣族の王がここにおるわけじゃが、残り四種族に協力を取り付けねばならぬ」


コハク曰く、残りの四種族は早々に見切りをつけ、人族に見つからぬように息を潜め過ごしているようだ。

魔心の封印による弱体化、唯一の希望だった戒族の壊滅。叛逆の意思を折られるには、十分過ぎる材料が揃ってしまったようだ。

拳を握り、悔しそうに唇を噛み締めている。


「それは、簡単にはいかなさそうですね」


「うむ、お主の言う通りじゃ。そこで、先の2つ。封印の解除と、戒族の遺産を読み解く事が先決となる」


なるほど、人族への叛旗を翻す為に、材料を揃えた上での種族連合という事か。

たとえ、材料を揃えたとしても、獣族と私だけではこの状況をひっくり返せないという事。

コハクは続ける。


「それに、妾たちに残された時間も少ない」


「人族の侵攻が始まると?しかし、他種族は現状、各地にて息を潜め逃れているのでは?簡単に見つかるようなもよではないように見受けられるが。現にあなた達は、上手く潜伏できているように思える」


「お主と共に召喚されたという、人族じゃ」


コハクはこの地に古くから伝わる人族の言い伝えを話し始める。それは、彼らにとって酷く、悲惨な言い伝えだった。

まるで、人族以外をこの地から滅ぼさんと。

そんな意思を強く感じる内容だった。


「これが人族に古くから伝わる言い伝えじゃ」


「私と一緒に召喚されたと言う事は…やつが力を持った存在だという事ですね。確かに、光り輝くをものを実際に見ました…これです」


といいながら、私は目から照射した映像を、テーブルに投影し、王燐に教われた瞬間や、ラクーンに助けられるまでの映像を映しながら、説明をする。


「うぉっ、びっくりした〜」


「お主、すごいの…」


2人は暫く沈黙する。


「ラクーン…お主はどう見る?」


「恐らくですが、不完全ではないですか?伝承の通りならこんなもんではないでしょう」


「妾も同意見じゃ、恐らく不完全…だが、時間が無い事には変わらぬか…助かったぞ。おかげさまで状況が少しばかり把握できた」


早速、役に立ったらしい。

続けて今後の計画を煮詰めようとするが…

2人とも少し頭を冷やしたいらしい。

席を立ち、コハクは飲み物を取りに、ラクーンは汚れた身体を洗いに外へ身体を洗いに出た。

どうやら、この世界では風呂はなく、術式を用いるか、共用井戸などで身体を洗うらしい。


私もボディの汚れを落とす為に、水で濡らしたタオルを借り、汚れを拭き落としていく。


すると、突如警告音が鳴る。

稼働エネルギーが20%を切ったらしい。

このままでは、活動限界を迎え停止する。

必要エネルギーの事を、すっかり忘れていた。

しかし、最悪な事にこの世界に充電ポートはころか、必要なエネルギーも存在しない。


(冷静に考え…残った情報にアクセスする。過去のデータと擦り合わせながら、状況の把握と解決策を思考していく)


何度も考えるが、答えが浮かばない。

一番親和性が高いのは、“電気”だが、元の世界では電気エネルギーを[M T Eマジック・トリック・エネルギー]と呼ばれるエネルギーに変換して使っていた。

『タネも仕掛けもあるが、まるで魔法(マジック)の様なエネルギーだ』と、私達の技術を大きく前進させたエネルギーだ。

そのMTEがこの世界では存在しない。造り出す設備も現存しないだろう。


電気を作り出したとしても、必要量は計り知れない量が必要となる。

この世界の技術を数世代進ませる事にはなるが、それでも足りないものが多過ぎる。


戻ってきたコハクが、私の異変に気づく。

私は、自分の身体に起きている状況と、環境について説明をする。

このままでは動かなくなると。


コハクは少し考えながら私に尋ねる。


「“電気”とは、エレクトの事か?」


「それは、術式ですか?」


「そうじゃ、この世には膨大な種類の術式が存在しておる。5つの原素を起点とし、事象を唱える事で発動する仕組みになっておる」


そのまま、説明を続ける。

ファイア】・【ウィンド】・【ソイル】・【エレクト】・【ウォーター

の5つが起点となる原素らしい。

私たちの世界でも、通じるものがあるので理解はしやすかった。

その中の一つ、エレクトが、私たちの世界でいう“電気”に近いと思われる。


「じゃがの、ラクーンはソイル、妾はファイアが原素となり、基本は1人1人が、それぞれ1つだけの原素を有しておる。妾やラクーンではエレクトを発動する事はできぬ」


「じゃが…あやつなら、近くにいたはずじゃ」


ラクーンが出て行った扉が開く。


「いやーっ!綺麗さっぱり!……んっ?なにか真剣な状況でした?」


「…はぁ〜…まぁよい、ラクーンよ今日はもうお開きじゃ、こやつを連れて、明日の朝一に【ライタ】の元へ行くのじゃ。詳しくはこやつが話した話を聞くが良い」


そう言い残すと、術式を唱え颯爽と帰っていく。


《 変化チェンジ 》


すると、みるみるうちに耳と尻尾は消え、人族と見分けがつかなくなり、見た目が変わる。


そのまま振り返る事なく、静かに扉を閉める。


ラクーンには、先ほどコハクに話した内容と同じ話をする。エネルギーが足りない事、エレクトであれば、何とかなるかもしれない事。

ラクーンは少し嫌な顔をし、渋々了承する。

疲れていたのか、大きな欠伸をし、明日の朝一に声をかけると伝えると、寝室へと消えていく。

私には、睡眠が不要なので寝室は不要と伝え、部屋の椅子に腰をかける。


明日からの行動に不安を覚えながらも、目の前の出来る事を整理する。


1.エネルギーの確保。

2.戒族の残した遺産を解読。

3.封印の解除方法について。

4.術式について対策を考える。

5.多種族連合の立ち上げ。


残された時間は多くはない。

最善の結果となれるように計算をし、エネルギーの節約のためシャットダウンしようとする。


ノイズが聞こえる…あの時のノイズだ。


《 ザザザッザッ……ザザザ ザ ザ ザ ー 》


《 ーザザッーイト  ーザーザーートンヲ 》


《 コノーザザザザザザッー ザザッザサツヲー 》


なんと言ってるか聞き取れない。ノイズが酷い。

嫌な予感はする、ハッキリとはしないが、私の中に“別の何か”が存在していると。


今は何も分からない。


消すことも、対処する事もできない。


これ以上の問題はいらない。


目の前の事で精一杯なのだから。



私は眠るかのように、シャットダウンをかけ、意識を落としていく。

不安事をこれ以上、考えないよう蓋をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る