第6話 無力で無駄な悪足掻き

「ここの当主だが?」


堂々とした物言いに相当な自信と胆力を感じる。僕は掴まれた手首を解放すべく後ろに回転しながら相手の手首を蹴り上げる。


「ふーん。この人の雇い主って所か。申し訳ないけど死んでもらうよ。僕はまだ死にたく無いし君たち側が害してきて、こちらを侮辱までするのなら敵でしかない。敵に容赦すると僕たちは滅んでしまう。故郷と同族を守るため敵は皆殺しにしなきゃならない。」


「こちらの無礼は謝罪しよう。だからその凶器を下ろしてくれないか?」


「嫌だよ。丸腰になった瞬間殺す気でしょ。彼女の物言い的に僕を生かしたのは君達の興味又は嬲り殺すのを楽しむため。敵に隙を見せるなって死んだ母さんが言ってたらしいし、こんな有り合わせの凶器だと数匹を狩るのがやっと…。うん?この家から感じる気配的に僕を圧殺することは出来るが当主が直々に来たとなると君は相当な自信家かな。油断はしちゃダメだな。変な慢心は足元を掬う、普段の狩猟武器じゃ無いから猛獣を狩るのは簡単じゃ無い。仮にこの自信家に勝っても外の見張りは複数軽装な者も居るし逃亡は現実的じゃ無い。どちらにしろ物量で圧殺されるのがオチか。ここが死地になるか…。死体は故郷の土に埋めてよね?」


敵陣のど真ん中が目覚めるなんて事が起きた時点で詰みなのだが嘆いた所で現実は変わらない。


「こちらは害する気なんてないから…。」


「嘘だね。僕達の歴史を知らねばエルフなんて単語は出てこない筈だ。とっくの昔に神々と生き残った種族らにより焚書にされ徹底的に存在を無かったことにされた存在を知ってる奴らなんて危険すぎる。僕は悲劇を繰り返さないためのストッパーだから君達に敵対するしか道はない。例え無謀であっても同族を守るため再び悲劇を起こされないために命を賭して君達を消す。僕は狩人の息子にして現役の狩人だ。つまり、既にこの手は血で染まってる。いや、血に染まり過ぎている。こんな末路になるのは薄々分かってたよ。だからと言って無抵抗のまま死ぬのは癪だ。多分あまり被害は出せないだろうけど、君達の慢心で僕にトドメを刺さなかった事を少しは後悔してよね?」


僕は羽ペンを離しインク入れに持ち替え投げ掛けると同時に窓を割り破片を握り投げる。大きめの破片を掴むと同時に壁を蹴り側面からも破片を投げる。地面に着くと同時に机を蹴り上げ僕の姿を隠すと同時に近くにあった食器を掴み相手の足元に叩きつけ即興の撒菱を作る。この隙にテーブルクロスを捻り中にガラス片を入れて結いて武器を作る。


「あんまり短射程の武器は得意じゃ無いけど無いよりマシだ。」


即興の武器を鞭の様に撓せながら敵に接近する。


「はぁ、暴れるならちょっと痛いけど我慢しろよ。」


「無傷か。やってられないが大人しく死ぬつもりは無い。」


あれだけの連撃の中で無傷だと僕より数段上の実力者という事になる。嫌な現実だが自分より相手が強いのは日常茶飯事だ。嘆く暇は無い。


「火の玉?マジか。ここ家の中だぞ!?」


「君のせいで既に部屋は滅茶苦茶だ。気にする必要は無い。」


「幻覚じゃないって事か。どんな技術かは知らないが凄いね。」


本当にどんな技術を使ってるのか想像もつかない。武器を捨て放たれた無数の火の玉を素手で弾く。テーブルクロスだと普通に燃えるだけだし…。


「!?」


「熱っ!!相当温度高いじゃん。めっちゃ熱いんだけど!」


手をブンブン振りながら今度は回避に移る。触ったらめっちゃ熱い。多分直火より熱いし火傷したかもしれない。

でも、あのトカゲ程の火力はないし焦げることはないと思う。トカゲでも表面の皮膚を焦がすのが限界だったし僕らは意外と頑丈なんだよ?


「なるほど。魔法抵抗が恐ろしく高いのか。」


次の瞬間猛烈に嫌な予感がして身体を倒れる様に反らせる。それと同時に背後の壁が横断された。


「マジか…。この家の材質木か石でしょ。予備動作無しで即死ってやってられない!!」


僕が今まで狩ってきた動物達はトカゲを除き遠距離攻撃なんてして来なかった。それ故に正面から狩れば死ぬ奴も狩れたのだが奴はそうもいか無い。同じ人型であるが故に遠距離攻撃は想定しているが持ち物無しの予備動作無しは理不尽がすぎる。


「もしや…。いや、異世界人ならありえる。若しくは並行世界から来た存在か。いや、並行世界であるならば魔力は存在する筈。つまり…。」


何か訝しんでるけど攻撃の手は緩むことはない。いや、そこは緩めよ!!あの不可視の何かは理不尽すぎるんだけど。まだ少し熱いだけで済む火の玉を弾いた方が楽だよ!!


「当たったら即死しそう…。こんな技術があれば狩りがどれだけ楽になることか。」


はぁー、これがあれば狩る相手に苦痛を与えずに一撃で狩れるのに…。少し集中した方がいいな。多分当たったら問答無用で切断される系の何かだと思う。後ろに残った切り口があまりにも綺麗過ぎるし無理矢理切ってる訳じゃないっぽいし。


「余裕か…。これでも国を守る4つの剣である4大公家の当主なんだがな。」


「公家って事はただの王家の分家でしょうに。その血筋が使えるとすれば精々王家の血筋が潰れた時の予備でしょ?王家は王冠に力があるから血筋も重要視される。しかし他は血族故に特別なんて事はない。慢心は足元を掬うだけ。」


撒菱にした皿の破片を蹴って舞いあげる。皿の破片が粉塵の様に宙に舞っている中を普通に突っ込む。距離は詰めた方がマシだ。

片方しか残って無い手を使う訳にはいか無いのでこのまま膝蹴りに移る。


「貴族相手に容赦無いな。」


「相手が敵ならば王族だろうと浮浪者だろうと殺すだけ。地位でその身が守れるのならここまで手慣れになる必要は無いでしょ。分かってて聞いてるのだからこれ程陳腐で不要な問答は無いでしょ。」


「違いない。」


相手の打撃を躱し往なし的確に相手の隙と有効な位置に打撃を叩き込む。

っ!!慌ててバク転し背後へ逃げる。


「まぁ、こうなるわな。やっぱりさっきちゃんと殺しとくべきだった。誘拐されたんだから敵でしょうに…。僕とした事が致命的な失敗したかな。」


僕の目の前には先程殺し損ねた女が敵として立っていた。これで2対1。恐らく増援も呼んでいるだろう。1人でギリギリだったのに2人を捌くのは厳しい…。だが、これらを生かしたままだと故郷を襲撃される可能性がある。逃げる選択肢も降参する選択肢も無い。故郷は家族以外も待ってる。余計な波風は立てたく無い。


「でもまぁ、さっきよりは優勢かな?」


「っ!?」

「手癖が悪いな。」


「まぁね。護身術として相手の武器を掠め取る方法ぐらい叩き込まれてる。狩人が動物以外狩れないってなると守れ無いからね。本当は弓矢が良かったんだけど贅沢は言わ無いさ。なんか明らかに品質良さそうなコンバットナイフだね。使用人さんがこんなの持ってていいのかな?まぁ十中八九使用人のフリした護衛か暗殺者なんだろうけど。こんなのを素人が振っても大した脅威じゃないし。」


相手から奪い取ったコンバットナイフを片手に持ち、構える。


「使い方分かんないし、解体と同じ要領でやれば良いか。」


先に無防備な使用人を仕留めるべく、目の前の男の脇を抜け使用人の眼前に迫る。


「っ!!!」


首を落とそうとコンバットナイフで薙ぐが、避けられて首には当たらず使用人の鼻の頭辺りに当たり血が滴る。


「流石に一撃では無理か。」


避けられた事を認識すると同時に腹に蹴りを入れ吹き飛ばすと同時に男がいつも間にか抜いた剣をコンバットナイフで受ける。片手であるが故に両手の剣には勝ち目はないが往なす事はできる。


「変な攻撃ばっかやらないんだ。まだそっちの方が対処出来るよ?」


そのまま剣を滑らせながら勢いを殺さずスライディングで男の股下を通り背後に回る。振り下ろし直後であるため反撃の心配は無いため突き刺そうとコンバットナイフを振り上げる。


「っ!!!油断ならないね。でも君のが居た世界ってこの概念はなかったでしょ?」


ガンッ!!!


何か固いものに当たる感覚が手に伝わってくる。落としたら死ぬので意地と気合いでコンバットナイフを握り、回転しながら男の横を抜ける。


「痛っ!!ジンジンする。虫みたいに外骨格があるのか?」


「秘密。」


「だろうね。」


「それにしても人間を魚を捌くように扱うのはやめてくれ無いかな?君狩人なんでしょ?」


「狩りは何も野山だけじゃない。海も湖でも狩りをする。必要な分だけ必要な場所で命を頂く。そんなのも知ら無いで食卓に並ぶ肉を食べてたのか。命のありがたみが分からないのなら幼児から人生やり直した方がいい。地獄行きになるよ。」


「余計なお世話だ。」


次の瞬間背中に灼熱の痛みが走る。猛烈な喪失感と同時に視界がぐにゃぐにゃに変化する。視界は使えないと判断し目を閉じて音で状況を把握する。


「それ、死角からも撃てるんだね。」


「余裕ないね。顔色悪いよ?」


勝ちを確信した者特有の優越感と敗者への侮蔑。ここで決めるしかない。これ以上の出血は耐えられない。ただでさえ腕を落とされ貧血中で頭がくらくらしてるのにこれ以上出血すると普通に立ってられない。膝をついたら死ぬ、その致命的な隙をこの男が見逃す訳がない。三下程度の実力ならその状態でも蹴散らせるがそれ以上となると無理。


「まだ死なねぇよ!!故郷に帰るんだああぁぁぁー!!!」


一瞬の隙をつきコンバットナイフを思いっきり横に振る。


「やっぱダメか。流石にこの状態で隙間にピッタリは無理だよ…。ごめんね…。」


片手じゃ骨は断てない。それを可能とするには骨と骨の合間に刃を通す必要がある。しかし、僕が接合部を狙って振るった斬撃は男の両手首の腱を断ち切ることは出来たが手自体を切り落とすには至らなかった。既に僕は血液不足により目を開けても何も映らない。もう、これ以上の抵抗も逃亡も不可能…。それを自覚すると同時に体に限界が来たらしくそのまま意識を失った。


「凄いね流石は太古の昔に滅んだ筈の原初の種族であるアークエルフだ。恐らく本来の実力の1%も発揮できていないのだろう。そもそも彼は片腕を失ったばかりで貧血だろうし…。口ぶりからして彼は弓矢を主としている。それ故に近接は距離を稼ぐための技術しか持ってないと見るべき。意識が飛んでもなお膝をつかない所は尊敬を通り越して畏敬に値する。貴族に手を出した以上処罰しない訳にはいかないのだが明らかにこちらに非があるのと特別な種族に免じて不問としよう。娘をあてがえば殺しはしないか?一応助けた立場であるし起きた瞬間殺すのはあり得ないだろう。本来ならばあのまま見捨てても良かった訳だし…。いや、ここは慎重になった方がいいのか?…先に傷を治さないとな。」


公家の当主はブツブツと何かを呟きながら裏で控えていた使用人達に指示を出し自室へ消えていった。

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