第5話 恐怖以上の何か
ーカミール家メイド長視点ー
客人から漏れる魔力に当てられ背筋が凍り付き、足が根を張ったようにその場から動けなくなった。これでも私は数々の重要な客人の相手をしてきてちょっとやそっとでは動じる事はないのだが今回の客人はそうもいかないらしい。
私は下から首に向けられた羽ペンと客人を同時に視界に収めながら話を続ける。
「目的と言いますと?」
「殺そうとした相手を理由もなく助けないでしょ?貴方達の目的は一体何なのかなと思いまして、僕は早く故郷に帰りたいんですよ。その前に僕の腕を落とした鎧は殺しますが…。貴方達の目的によっては貴方達を敵としてここから逃亡及び殲滅の準備を始めないといけないんですよ。執念深い獣に目を向けられたまま故郷には帰れませんからね。」
何の感情も籠もっていない声とは裏腹にその目は何処まで黒く覗き込んだモノを決して離さない深淵の様な不気味さと恐怖を覚えさせられる。もしもこれが別のメイドだった場合この場で漏らして気絶していただろう。そう確信できるぐらいには怖い。
「故郷?この辺にエルフが住む土地はありませんが…。」
「確かにこの時代には無いのかもしれませんね。少なくとも僕があの場所で目覚める前は故郷の寝台で寝てましたよ?何かしらの要因で強制的に時間若しくは場所を移動させられた僕からするとそんなの知ったこっちゃ無いけど。てか、そもそも僕はエルフでは無いですよ?一般的な人である筈だし、場所が時代が違うから何とも言えないけどエルフなんて空想上の生き物居るわけないじゃん。」
どうやら今回の客人は神の悪戯により別世界から誘拐されて来たらしい。現にエルフの認識がズレている。
「目の前にいますが…。」
「え?だってアレでしょ。エルフって短命種で100年もすれば老衰で死ぬかもしれない種族でしょ。神話の時代に居たとされる悪知恵と繁殖力で数々の種族を蹂躙し食い殺した暴食の悪鬼、あまりの悪食と暴食ぶりに不干渉を貫いて来た神々が直々に滅した種族。あんなのが現実にいたら僕たちは真っ先に滅ぼされてる。僕はただの狩猟民族だからね。彼らが使っていたとされる超古代文明の兵器なんて向けられたら一瞬で蜂の巣さ。」
嘲笑と憎しみが籠った声でそう言い切る客人だが依然放たれる圧力は変わらない。なんなら少し強くなった気さえする。
「それはエルフの特徴とは合致しませんが、まるでその様な存在が居たことを事実の様に語るんですね。」
「当たり前でしょ。トカゲに潰された祖父母が現場に居たんだから。当時は僕が生きている時代と違ってたくさんの同族が居たらしいけど、その悪鬼に小さな農村程度の規模まで食い殺し尽くされたらしいし、数匹でも悪鬼が残ってたらと思うとゾッとするね。…そんなエルフと僕が同列?ふざけてるの?こっちは滅ぼされかけたってのに…。」
明らかに踏んではいけない地雷を踏んだ。そう確信すると同時に冷や汗が吹き出す。私の首から少し血が垂れている。それなのに体が硬直して動かない。恐怖からか言葉すら発せない。今ままで大した害意も殺意も籠ってなかった声はいつの間にか殺意が籠り私の身体を鎖で締め付けているのかと錯覚する程に全身が痛む。
「確かに僕は現場に居なかった。生まれてなかったけど、神話の化け物と同列に語られるのは良い気がしない。このまま狩ろうかな。今の会話でこの家の奴は敵だってのは確信したし、君に屍になって貰った方が時間が稼げそうだ。同じ人型だからって僕は躊躇わないよ。これでも生きるため沢山の動物の命を直接頂いて生きて来たんだ。敵だと言うのならいつも通り生き残るために命を貰うだけ。安心して僕は悪鬼と違って痛めつける趣味は無い。一撃で、死んだ事にも気付かずに仕留めてあげる。」
あぁ、死ぬのか。ただ漠然とした確信を抱き、目の前の回避不能な現実を受け止めるため覚悟を決める。
だが、その凶刃が私に届く事はなかった。
「おっさん誰?」
客人は私の背後に居る者を睨みつけながらそう問いかけた。
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