第2話「目は口ほどに物を言う」


入校2日目は村上先生の退屈な話から始まった。



「異能警察学校の期間は2年間、

その教育課程で卒業できなければリタイアとなり即退学だ、留年などの処置はないから気をつけるように」



いかんいかん、真面目に聞かなければ…



「異能警察は、やむを得ない状況以外では能力者の犯罪者のみを対象に職務を執行する」


「我々に逮捕された容疑者は、異能力者専門の検事によって検挙され、これまた専門の裁判官によって裁かれる」


「裁く法律自体に能力者、非能力者の違いはないが、一般人が国の許可なくラグラスを使用することは禁止されており、使用する場合には必ず申請して認可を受ける必要がある」


「異能警察官には拳銃の所持と職務中のラグラスの使用が認められているため、一般警察官より厳しい審査基準があるので覚悟しておくように」


「ではこの後は能力測定、体力測定、昼からは健康診断の順で行うので全員着替えて校庭に集合してくれ」



運動着に着替えて校庭に集合すると皆の能力測定が始まった。

無能力の俺はこの時間は退屈だ。

そう感じていると1人の男子生徒が声を掛けてきた。


「やぁ、藤堂君だよね?」


「えっと、君は確か…」


「キリア・ファレルだよ、キリアと呼んでくれ」


「よろしくキリア、じゃあ俺も幸近で頼む」


「よろしく幸近、変な意味にとらないで欲しいんだけど君は無能力者なのにどうして異能警察にきたんだい?」


「昔から憧れていたんだ、その分体力には自信がある!」


「そうか、一緒に卒業できるよう頑張ろうね」


「あぁ、頑張ろう」


その後もキリアと行動を共にし、この学校入校以来初めての友達が出来て内心ホッとしていた。


能力測定、体力測定共にヨハネスさんがクラスでぶっちぎりのトップだった。


体力測定には自信があった俺でもヨハネスさんには敵わなかったことに流石に少し凹んでいた。


そしてついにこの時が来てしまった…。

身長と体重を測り終え、視力検査の待ち時間のこと。


「なぁキリア、医学はこんなにも日々進歩しているというのに、未だに採血に注射器を使うのは一体どういう了見なんだろうか?」


「幸近は注射が怖いのかい?意外だね」


「わざわざ血を抜かなくても尿や頭髪とかでどうにか調べることは出来ないんだろうか」


「看護師さんに頼んでみたらどうだい?」

キリアはニヤニヤしながら言う。


「お前はよく平気な顔をしていられるな、

もうじき体の中に異物を混入させられるんだぞ?

ダメだ…気分が悪くなってきた…」


「意外とすぐに終わるものだから、もう少しの辛抱だよ」


すると俺たちのすぐ後ろに並んでいたヨハネスさんが立ち上がり、

「すみません、気分が悪いので退室してもいいですか?」

と言って退室していった。


「………俺のせいだろうか?」


「あとで謝ったほうがいいかもね」


ヨハネスさんも注射が苦手だったとしたら悪いことをしたと考えていると採血の順番が回ってきた。


「では手を握って下さい」


「ぐっ…」


なんとか情けない声は出さずに済んだが、やはり気分が悪くなったので、キリアと別れ俺は保健室へと向かった。



保健室に入ると保険医の先生はいないようだったが、

なんとヨハネスさんがいた。


「あの、さっきはごめん!

俺のせいで気分悪くさせちゃったかな?」


「あ、いえ、違うの、

本当にただ気分が悪くなっただけなので」


こちらを向いてはいるが、また目が合わない。

怒らせてしまったんだろうか。


「あの、改めて俺は藤堂 幸近って言うんだ、

これからよろしく」


「ソフィ・ヨハネスです、こちらこそよろしく」


「ヨハネスさん、さっきの体力測定はすごかったね」


「ソフィでいいわ、苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないの」


「そっか、ソフィはなんで異能警察に?」


「私は自分が大人になった時、自分の子供を安心して産める世の中にしたいの」


「私の父と母がそうしてくれたように、そんな世界で愛情を持って自分の家族と過ごしていきたいの」


そう淡々と語る彼女とまだ目が合わないことに流石に不思議に思い、意を決して確認してみることにした。


「ソフィ、君もしかして目が悪いのかい?」


ソフィは驚いた様子で

「なぜそう思うの?」と尋ねてきた。


「俺の親父も目が不自由なんだ」


「そうだったのね」


「昨日木にぶつかっていたのもそのせいか」


「そういえば、それも見られていたわね」


その瞬間、昨日の先生の話しが蘇ったと共に、宇宙飛行士は宇宙から帰還すると視力が落ちるという記事を目にした事を思い出した。


重力と視力…。


「もしかしてお前、ラグラスの後遺症なんじゃ…

先生たちはしっているのか?」


その瞬間ソフィの顔つきがかわった。


「お願い!誰にも言わないで!」

「ラグラスの後遺症が発現した能力者はしばらく病院に隔離されて治療に専念させられてしまう、

今はそうなる訳にはいかないの!」


「なんでお前はそうまでして…

このままじゃ失明するかもしれないんだぞ」


そう言うとソフィは自分の過去を語り出した…。



「私は昔5人家族だったのだけれど、

母は紛争に巻き込まれて私が小さい時に亡くなったわ」


「それからは父と兄と弟の4人になり、家はとても貧しかったから私が5歳の時に父はお金を稼ぐために傭兵として家を出たの」


「それで家族はバラバラ、ずっと父には会えずお金だけは送ってくれていたのだけど2年前に戦場で亡くなったわ、

弟も身体が弱く寝たきりの状態になってしまった」


「私はずっと…私が強くなれば、家族が離れる必要はなくなるのにと思っていたら、このラグラスを手に入れた」


「でもこの強すぎる能力は私から視力を少しずつ奪っていって今ではほとんど見えないけれど…


私はこの能力で私と同じ想いをする人を1人でも多く救わなければいけないの」


「だからまだここを離れる訳にはいかない…」



彼女の覚悟が痛いほど伝わってきた。



「どうして君はそんなに頑張れるんだ?」


「女にとって忍耐はこれ以上ない武器なのよ」


「もし俺が君の力になれるかもしれないと言ったらどうする」


「何を言っているの?冷やかしなら辞めてちょうだい」


「君がほんの少しでも俺を信じてくれるなら、俺は君の力になりたい」


「だがそれにはここは人目につきすぎるから、どこか人気のないところに行きたいんだが」


「あなた自分が何を言っているのかわかっているの?」


俺は自分の放った言葉を思い返して取り乱しながら言う。


「けっ、決してそーゆーつもりで言ったんじゃないぞ?

それにお前なら俺がよからぬことをしようとしたとしても簡単に無力化できるだろ?」


「それもそうかしら、

でも…嘘だったら承知しないわ」



俺たちは学校の隣にある学生寮にやってきた。

なんとソフィさんのお部屋に入れていただけるというのだ。


「少しここで待っててちょうだい」


俺は初めて夢の国の入り口に立ち、これがどれだけ人気のアトラクションの待ち時間だろうと苦ではないなどと考えていた。


「お待たせ、入って」


「お邪魔しまぁーす」


部屋はピンクを基調としていて、家具やインテリアが調和する、思い描いていた通りのまさにと言わんばかりの女の子の部屋がそこにはあった。


「とても可愛らしいお部屋ですね」


「お世辞はいいから本題に入りなさい」


「…」


「これは他言無用でお願いしたいんだが…

俺が無能力と言ったのは覚えているか?」


「えぇ、クラスであなただけだったものね」


「あれは嘘なんだ」


「なぜ自分に不利な嘘をつく必要があるの?

この学校を卒業するには異能があるほうが有利のはずよ」


「ちょっと特殊な異能なんだよ、

俺のラグラスは、真の平等(エガリテ)という」


「初めて聞くわ」


俺は自分の能力について解説をした。


それは、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」

というものだ。


何かを求めた人間に対して、払った代償(労働)に応じた恩恵を与える能力。


この能力は誰にでも有効という訳ではなく、代償が払えない人間にはなんの作用ももたらさない。


逆に俺と契約した相手がその働きを怠った場合には、相応の罰が下るため、この能力を使う事は極力避けている。


契約に提示されるのは支払う代償(労働)と期限、それを相手が了承することで契約相手の体に約束の刻印が刻まれる。


使い方によっては危険な能力の為、いつもは無能力で通していることを伝えた。


「それで私が支払う代償はなんなの?」


「視てもいいか?」


「えぇ、お願いするわ」


俺は異能を発動させた。


「視えたんだが…聞くか?」


「聞くに決まっているじゃない」


「君の視力を回復させる為に必要な労働は…

1年以内に、100人の命を救う事だ…」


「分かったわ、では始めてちょうだい」


「おい、そんな即答でいいのか?

この代償からすると恐らく未達の時のリスクはかなり大きい」


「私のモットーは、一日一善よ、

1日1人助けるだけで大幅なお釣りが来るわ」


「お前はガンジーか何かなのか?」


「そんな立派なものではないわ、

私はただ自分の為に自分の出来る事をしているだけ…

結局ただの自己満足なのよ…」



「そうだとしても、助けられた側の人間は感謝しているはずだ」


「別に感謝なんて求めてないわ、

いいからさっさと始めてちょうだい」


「じゃあ始めるぞ」


「えぇ」


「では契約を始める…

汝、ソフィ・ヨハネスは、我、藤堂 幸近の名に従い1年後の4月5日を期限に百の命を救いたもうことを誓うか?」


「はい、誓います」


「今この時をもって契約を締結とす」


彼女の心臓の辺りに光が灯り刻印が刻まれた。


「…良く…見えるわ」


そう言って立ち上がるとソフィは窓の外を眺めた。


「もう桜を綺麗と思うこともないと思っていたわ」


彼女は静かに涙を流していた。


「まだまだ綺麗なもの、たくさん観ないとな」


「藤堂くん、ありがとう…」


「くれぐれもこの事は内密に頼むよ」


「えぇもちろんよ、2人だけの秘密ね」


「そ、それはいい響きですね!」

たぶん俺の鼻の下は今きっと伸びている。


ソフィはしばらく泣いていたが、落ち着くとお茶をご馳走してくれ、またゆっくりと話し出した。


「この国では『目は口ほどに物を言う』ってことわざがあるけれど、私はこの言葉はあまり好きじゃないの」


「私は目が不自由であろうとなかろうと、相手の目や雰囲気を読んで言いたいことを我慢するなんてしたくない」


「やっぱり言いたい事は自分の言葉でしっかりと伝えたいと思うから…もう一度言わせて、本当にありがとう…」


彼女はそれを、俺の目をしっかりと見て告げた。




第1部 2話 「目は口ほどに物を言う」 完



登場人物紹介


名前:藤堂 幸近

身長:174cm

体重:66kg

血液型:A型

誕生日:1月10日

年齢:18歳

特技:居合

好きな食べ物:ウナギ、和食

嫌いな食べ物:納豆、卵

ラグラス:真の平等(エガリテ)

「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」

何かを求めた人間に対して、払った代償に応じた恩恵を与える能力

代償が払えない人間にはなんの作用ももたらさない

契約した相手がその働きを怠った場合には、相応の罰が下る

契約に提示されるのは支払う代償と期限、それを相手が了承することで契約相手に約束の刻印が刻まれる






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