episode.7 お手伝い

 ――二日後

 

 いかにも高級なドレスが入った箱が突如部屋にいくつも運び込まれ、リラは困惑していた。

「受け取れません。このお屋敷に滞在させていただくだけで十分ですので……」

 部屋の入り口でメイドともう何度目かわからない押し問答を繰り返していると、ちょうどリオンが部屋の前を通りかかった。収拾がつかず、リラは助けを求めて彼を呼び止める。

「あの!」

「はい」

 快い返事が昼間の廊下に響く。


「お気持ちはすごく有難いのですが、私がこのような高価なものを受け取る訳には参りません」

 それを聞いたリオンはメイドから箱を預かると、彼女たちを一旦場から下がらせた。

「何の説明も無く、突然このような物を押し付けられると困りますよね。私の配慮が不足しており申し訳ございません」

 リオンに頭を下げられ、リラはますますどう対応して良いものか分からなくなる。

「そんな……! 謝らないで下さい」

 ゆっくりと顔を上げながら、リラの着ているドレスをちらと見た彼は悩ましげな顔をしている。一昔前に流行していたデザインではあるが、保存状態も非常に良く、着る分には全く問題ない。

「……無理を承知で申し上げます。なんとか受け取っては頂けませんでしょうか?」

「どうしてでしょうか?」

「サイズが合っていないものを着て頂くのは、此方としては大変申し訳ないです。それに、今リラ様が来ておられる服は、先代の伯爵夫人……、つまりノア様の母親に当たる方が着ておられたものになります。上手く説明するのが難しいのですが、母親が着ていた服をお客人である貴女に着せるのは、ノア様からするとあまり良い気がしないでしょう?」

「それはそうですが……」

「もう一度お願い申し上げます。受け取って頂けませんか」

「……分かりました。受け取らせて頂きます。閣下に御礼を申し上げたいのですが、どちらにいらっしゃいますか?」

「それなら大丈夫ですよ。私から伝えておきます」

 口調こそ優しかったが、リラは間に一線を引かれたような気がして言葉を噤んだ。

「そう、ですか……」

 リオンはメイドが数人がかりで運んでいた箱を軽々と持ち上げる。部屋にドレスが入った箱を運び込むと、クローゼットの前に置いた。

「ドレスを頂く代わりに、と言っては厚かましいのですが、私にお手伝い出来ることはございませんか? 何でもやらせて頂きます」

 リラは伺うようにリオンの方を見た。

「うーん。私が思い当たる限り、人手は足りていますし……。どうか気になさらずお寛ぎ下さい」

 その返答にリラは肩を落とした。


 

 箱と共に部屋に残されたリラはお下がりのドレスから、新しいドレスに着替えてみた。室内用のドレスでありながら、デザインに高級感がある。軽い素材で出来ていて、過度な締め付けも無く動きやすい。

「やっぱり、もの凄く良い物ね……」

 リラは深い溜息を吐く。この屋敷に滞在させてもらい始めてから数日、リラは何不自由ない暮らしを送っていた。屋敷の使用人たちは皆リラにとても良くしてくれている。不自由がなさすぎて逆に困ってしまうぐらいだ。

 リオンはああ言っていたが、何か少しでも此処で力になれることはないだろうか。手伝えることを探すために、少し屋敷の中を散策してみることにした。



 屋敷を散策しながら、リラはますます困っていた。

 廊下や窓はどこも美しく磨き上げられている。飾られている絵画の額縁には埃の一つも付いていない。庭は美しく手入れされており、雑草すら生えていない。リオンが言ったように、リラが手伝えることなど全く無さそうである。


 キョロキョロと辺りを見回しながら、長い廊下を歩いていると、先にある部屋から忙しなく人が話している声が聞こえてくる。気になったリラはそちらへ行ってみることにした。


 リラは気配を殺しながら、そっとその部屋を覗いてみる。

 そこは厨房だった。どうやら今日は下処理をしなければならない食材の量が多いらしい。老齢のシェフとその見習いらしき少年が中で忙しなく動き回っている。どう考えても二人では厳しそうな食材の量だ。

 

 リラは二人に声を掛けてみる。

「あの」

 

 二人は一斉に振り返った。リラの姿を見るなりシェフは驚き、目を大きくする。

「おや。どうしたね。道にでも迷ったのかい、お嬢さん」

「いいえ、違うんです。


 私に貴方達のお手伝いをさせて頂けませんか?」


 シェフと少年は顔を見合わせた。シェフは面倒そうに嗄れた声を返す。

「手伝うだって? それはお嬢さんには無理な話だ。今日は特に忙しいんだ。お嬢さんに構ってあげられる時間がない。こっちが暇な時にまたおいで」

 だが、リラもそのまま引き下がるつもりは無かった。ようやく自分が役立てそうなことを見つけたのだ。

「そうですよね。私のような身形の者に何が出来るのかと仰りたくなる気持ちはよく分かります」

 

 下処理に使っていたナイフを手に持ったまま、呆然と突っ立っている少年にゆったりと近づく。そして僅かに口角を緩める。

「それ、ちょっとお借りしても?」

「は、はい」

 気圧されている少年の手からナイフを受け取ると、彼のすぐ側で山積みになっていた芋の一つを手に取る。

 表面に浅く切り込みを入れ、芋の皮の内側にナイフを滑らせる。どこも均等に、そして少しでも食材を無駄にしないよう、丁寧に皮を剥いていく。数十秒で芋の皮を剥き終え、籠の中にそれを入れる。

「え……」

 間が抜けた声を漏らした少年はリラの手元に釘付けになっている。手元に少年の熱い視線を感じながら、横に置かれていた根菜類や葉物の全種を一つずつ手早く処理していった。


「では改めて。私に貴方達のお手伝いをさせて頂けませんか?」



 

 全ての食材の下処理を終え、三人で厨房に置いてあるテーブルを囲む。

「いやあ助かったよ、お嬢さん! ありがとうね!」

 年を召したシェフがリラにホットミルクを出してくれる。量が多いので大変な作業ではあったが、この数時間を三人で乗り越えたことで随分と仲が深まった。

「手伝うと言われた時はどうしたものかと思ったが、こんなに手際がいいとは驚いた。食材も無駄にしたところがない。お前もお嬢さんを見習わんとなあ」

 シェフが見習いの彼の肩を小突き、豪快に笑った。目尻にくしゃりと皺が刻まれる。素朴な笑顔が素敵だ。シェフ見習いの彼もリラに晴れやかな顔を見せる。

「はい! 本当に助かりました!」

「ふふ、こちらこそありがとうございます」

 ホットミルクに口を付けると、優しい甘さが口の中に広がった。丁度良い温かさのミルクは渇いた体に染み渡っていく。

「美味しい……!」


 三人でホットミルクを楽しんでいると、後ろからはっきりとしたよく通る声が響いた。

「何の話をしている?」

「おお、これはまた珍しい。今日は来客が多いな!」

 シェフが嬉しげに声の主を手招きしている。


「久しぶりだなあ、ノア!」

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