episode.12 僕は、

 ルージュに連れられて、リラは外に出た。


 視界が一気に開ける。閑散としていた屋内とはうって変わって、外は活気で溢れていた。訓練の為に、一同此処に集まっていたらしい。どおりで屋内に人がいなかった訳だ。木製の剣が交わる軽やかな音が響き渡っている。訓練の様子を一目見れば、剣術の知識を一切持ち合わせていないリラにすら帝国騎士団のレベルの高さが分かった。騎士達の気持ちの昂りがひしひしと肌に伝わってくる。


「わあ、すごいですね! ところでルージュ様はご参加にならないのですか?」

 ぐるりと訓練場全体を見渡す。場内には彼以外に不参加の者はいないようだった。

「はい。僕は剣を扱うのが得意じゃないので」

 リラはきっぱりと言い切った彼に奇異な目を向ける。ルージュは苦い笑いを浮かべた。

「魔術で戦う方が向いているんです。どっちも使えるのが一番良いに決まってますから、お前は苦手なことから逃げてるだけだろうって言われると何も言い返せないんですけどね」

 ほら、とルージュは訓練場の一角を指差した。その人差し指の方角に目をやると、黒い髪の青年が一際美しい弧を描き、剣を振り下ろしていた。

 


 彼が相対していたのは、彼よりもずっと体躯が大きく、筋肉量が多いがっしりとした男性だった。身長は高いが細身の彼にとっては、圧倒的に不利な相手であるに違いなかった。


 彼は一度相手から距離をとり、瞬時に構えを整える。相手は間髪入れず彼に斬り掛かった。彼は剣のガードに近い側で重い一撃を受け止め、全身を利用し衝撃をいなす。相手の次の動きを読み、流れるように体を翻すと、再度振り下ろされた相手の攻撃を受ける。


 ルージュはその様子を見守りながら言う。

 

「こうやって周りの騎士達と比べてみると、ノアは華奢でしょう? 単純に力の面だけを考えれば、殆どの相手に敵いません。けどノアはその欠点を埋めるどころか寧ろ、自分の身軽さを長所として上手く生かしました。今や、彼の圧倒的な技術は他に追随を許さない。ノアには元々ずば抜けた剣術の才があった訳じゃないし、騎士よりも彼に向いている仕事が幾つもあったと思います。それでもノアは楽な道を選ばなかった。血が滲む努力をして、実力だけで副団長の地位にまで上り詰めたんです。まあ、本人は努力をひけらかすようなことは絶対にしないし、そんな風には見えないでしょうけど」


 相手との距離をとったノアが着地する。


 攻撃をいなされた反動で、相手が体勢を僅かに崩した。その隙を逃さず、彼は姿勢を低くして間合いに踏み込む。相手の剣を下から払うように軽快に打つ。一切力が入っているように見えないほど滑らかな動きだったが、剣がぶつかると鈍い音が響いた。

 細い体躯を活かし、舞うような身軽さで、彼は続けて相手に斬撃を打ち込む。初めは彼が圧されていたように見えていたが、いつの間にか状況はすっかり変わっていた。


 一瞬たりともノアから目を離さず、ルージュは続ける。いつも明るく振舞っている彼とは別人のように憂いを帯びた横顔だった。



「でも僕は違う。生まれつき人から羨まれるほどの才能に恵まれながら、それを更に磨こうとすらしなかった。僕が団長に選ばれたのは、父が公爵で、僕は公爵の息子だから。ただそれだけの理由です。僕が自分自身で得た物じゃない。頑張らなくても周りが勝手に様々な物を与えてくれる。……だから僕は今も多くのことから逃げ続けてる。


 僕は努力をするという一種の才能を持っているノアのことを尊敬しているんです。



 ――僕は、彼のようにはなれないから」



 カンッと乾いた音が響き、一本の木剣が宙を舞う。リラはくるくると回転しながら飛んでいくそれを目で追う。それを成した彼は表情一つ変えずに、相手の喉元に剣の切先を突き付けていた。


 

 厳かさに満ちた光景にリラは息を呑んだ。

 彼は勝敗には一切興味がなさそうだった。汗をかくことも、息を切らすこともなく、何事も無かったようにただその場に佇んでいる様子は人ならざる者のようだった。


 彼は相手に向けていた切先を下ろすと、素早く自分の方へ引いた。そして彼は相手に敬意を表し礼をとる。手の指の先に至るまで意識が向けられた、見惚れるほどに完璧な所作だった。

 


 結末を見届けたルージュが、太陽のように明るい声で彼に呼びかける。先程の陰りはもう見られなくなっていた。


「ノア!」


 彼は振り返り、少し目を見開いた。ルージュが手招きをすると、木剣を壁に立て掛けると呼ばれた方へと歩いてきた。

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