この世で一番優しい自傷をシコウする


刃先がゆっくりと沈み込む。

それを合図に心音が耳の奥、指先からつま先まで木霊する。


身体の真ん中はいつの間にか灰かぶり。

ゆっくりと絶え間なく流れていく曇りは歪みを増していく。

翳り、ぬくもりも去っていく。

止まらない夕暮れはもう見飽きたはずなのに、何度も染まっていく。



いっせーので、を合図に晴れ渡った空もいずれ破れる。何度も何度も繰り返す。闇夜が溢れる、夕暮れに飛んでいく。

一滴の夕暮れを人差し指ですくって、曇り空に線を引く。もう、闇夜は溢れないで、夕暮れに冷たさはいらないのに。


何度線を描いても、たったの一度も満点は貰えない。遡れば過去の一線は薄く、其処彼処に何重にもなっていた。視界に収まらないほどのグラデーションは本当の夕暮れよりも曖昧な紅になっていた。それでもまた、私は線を引く。


指に残った紅で唇を染める。掠れた心みたいに輪郭を薄くしていく。止めきれなかった劣等感が幾度もここから溢れていた。吐いた異物を洗い落とせたらよかったのに。



紅が滲む私の呼吸は檸檬色。言葉を紡ぐたびに鉄の味がした。熟しても甘くはならないで、何をしても「何にも知らない子」のまま。それが良いと言った人はとっくの昔にいなくなった。嫉妬、罪悪感、愛憎、この先も喉に隠すから消えないでいて。


不用品の末路が私。腐敗した鈍い異物の塊は異物の中の異物、井の中どころではないのだ。

憎い世界とあの人と私は何も相違なし。

光と闇表裏一体。永遠と天秤は傾かずにいる。

勝利の右腕を上げよと、我こそはと唸る人々の声は愚かにも、それを知らない。



だから私は、今日も刃先をゆっくりと世界に沈ませていく。この小さな世界が終われば、きっと自由になれるだろう。

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