リアルな描写を求めて
沢村基
リアルな描写を求めて
恥の多い人生を送ってきました。
とはいえ、ここ数年のやらかしはだいたい執筆活動にまつわるものです。
そのいくつかをこの機会に晒しておこうと思います。
私、昔から小説を書き始めると夢中になって時を忘れてしまうのです。
まるで、パソコンに打ち込む文字の中に自我が吸い取られてなくなってしまうかのように、自分が何者かを忘れていられるのです。それが心地よくて、だからこそ地味に長く書き続けてこられたのだと思っています。
しかし私は一家の主婦であり、子供たちの母親。
家事はきちんとやっていましたが、ある時、小説を書くことに夢中になって、小学校の個人面談の予定をすっぽかしてしまったことがありました。このときは担任の先生に電話で平謝りして、他の日にもう一度、時間をとっていただきました。
担任の先生に「小説を書いていて、気がついたら夕方でした」とは打ち明けられず、「体調が悪くて……」などと電話口で弱々しい声を出して演技をしてしまいました。
先生、あの時は本当に申し訳ありませんでした。
たぶん私は、母親になりきれないエゴイストです。
母親になっても自分の楽しみや夢を捨てたくなかったのです。
子供たちに向かって、「あなたのためにママは夢をあきらめたの」なんて言いたくない。
「あなたの成功だけが私の夢なのよ」なんて、呪いのような思いを抱きたくない。
子供たちには私のことを、「いつまでも自分のやりたいことを追いかけて、今でも小説なんか書いてる痛い母親」だと笑い飛ばしてほしい。そして、大人ってそんなでもいいんだ、とちょっとだけほっとしていてほしい。他人には理解されなくても、自分の大好きなことを大切にしていてほしい。
さて、数年前、私はサスペンスものを書いていました。
大きなショッピングモールでテロが起こるシーンがあります。
少しでもリアルに描写を書かなくては、と思った私は
(このショッピングモールの警備員の動きはどうなるのだろう?)
と疑問を抱きました。
監視カメラなど、最近の警備システムはどうなっていて、どの程度迅速に対応できるのだろう、と。
Amazonで関連書籍を漁ってみましたが、どうもいいものがみつかりません。そんなことを解説した本はあまりないようです。
考えたあげく、大手警備会社のHPを検索してみました。
そこに、大型ビルの防犯システムについて説明があり、詳しいパンフレットの請求フォームがありました。無線式監視カメラについての情報もあります。
(やった、最新の資料がゲットできる! しかもタダで!)
そう考えた私は、ためらいなく住所氏名を打ち込んで資料請求をしました。
(さーて、いつ頃届くかなあ)
なんて楽しみにしていると、一時間くらいして電話がなりました。
「こちら、資料請求をいただきました〇〇警備会社の△△と申しますっ」
なんと、資料請求先の会社です。
電話口の声は若い男性の営業の方で、ものすごく緊張しているようです。
(ひょっとして、さっきの請求フォームに入れた情報に不備があったかな?)
などと私が呑気に考えていると。
「ただいまご請求の資料をお持ちしました。ぜひ、お会いしてお話させていただきたいのですがっ」
え。
ええ……?(困惑)
「あ、いえ、資料を拝見したかっただけなので。郵送していただければ……」
「今、わたくし、沢村様のご自宅の前まで来ておりますっ。ぜひ、お会いして説明させていただきたいのですがっ」
なんだってーーーっ。
(家の前に?)
小心者の私は外から見えていないのに、なんとなく部屋の奥に引っ込みました。
(あの住所を見て、営業のために一時間で速攻うちの前まで来たんだ)
相手の身になって考えてみれば、それも納得です。
大型ビルの警備システムが導入されれば、かなりの大口契約。相手も必死になるはずです。
さっきから妙に力が入っていて、緊張した印象だったのは、「これは大きな商談になるぞ」と思って前のめりになっている営業の方の熱意だったのです。
(うわあ……申し訳ない。こんな人騒がせなことになるなんて思ってなかったんだよ……)
私はここで覚悟を決めました。
「あの……じつは、私、趣味で小説を書いておりまして……。大型ビルの警備システムについての最新の資料が欲しかったので、御社のHPから請求しました……すみません」
電話口で小さな声でしおしおと話すと、
はああああああ。
電話の先から、大きなため息が聞こえてきました。
「すみません。本当にすみません。こんなことで、ここまで来ていただいて……」
必死に謝ると、相手は少ししてから
「いえ……。わかりました。資料はポストインしていきます。執筆、頑張ってくださいね」
と言ってくださいました。
社交辞令とはいえ、頑張ってください、という言葉が身に沁みました。
小説家になりたい、とか。小説を書いている、とか。なかなか身近な人にも打ち明けられないことが多いです。変わった人だとか、身の程知らずだと思われそうで怖いのです。
でも、今は大きな声で言いたい。
世間は思ったよりあたたかかったよ!
本当にあの時、はりきっていた営業の方には申し訳なく思っています。
もし、私の小説が書籍になったときには、お詫びとともに本をお送りして「あなたのおかげで書くことができました。ありがとうございます」とご報告したいです。
恥ずかしくて、でも時々思い出しては、人様に迷惑をかけないようにと自戒しています。
どうかこの恥、もとい黒歴史が、ここで供養できますように。
罪深き私は今日も、パソコンの前に座っています。
了
リアルな描写を求めて 沢村基 @MotoiSawa
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