魔法のマグカップ (6) またいつの日にか

物置から帰る途中、お風呂場の傍を通ったママは、脱ぎ捨ててあるパパとニールの服を洗濯かごへと移します。


本当に、何でも放っておくんだから……。ニールにも同じクセがつかないように、気をつけなくちゃね。ママが、ため息を一つつきました。


その日の午後。パパは約束通り物置を片付けて、ニールも少し手伝いました。おかげで疲れたニールは、いつもより早くお眠の時間となりました。ママは、目をこするニールの手を引いて子供部屋へと向かいます。


「なぁ、ママ。さっきニールが言ってたんだけどさ」


居間のドアを開けかけたママに、パパが少しビクビクしながら尋ねます。


「ニールが言うにはさ。ママが昼間、ぼぅーっとしていて、ニールが何なのって聞いたら”素敵な男の人が”とか言ったんだって……?」


パパはワガママだけど、気は小さいのです。愛するママが”素敵な男の人”だなんて口走ったら、気にならないわけがありません。そして自分が決して”素敵”とは言えない事も、充分にわかっていました。


「さぁ、何の話? ニールの勘違いじゃない?」


「で、でも……」


パパが聞き返そうとすると、ニールが「眠いよぉ、ママ」と、ママの手を引っ張ります。パパもそれ以上は聞けずに、ママはニールと子供部屋へ行きました。


「さぁ、早くおやすみ」


ニールをベッドに寝かせ、布団をかけたママが優しく言葉をかけました。ニールは魔法の呪文を聞いたかのように、すぐにスヤスヤと寝入ります。


あぁ、やっぱり喋っちゃってたか。ふふっ、でも今のパパの顔ときたら……。やっぱり心配なのかしらね、”素敵な男の人”の存在が。


でも、とてもじゃないけど言えないわよね。思い出マグカップで昔の記憶をよみがえらせて、その時一緒にいた素敵な男性が、今とは似ても似つかぬ”昔のパパ”だったなんて。


あの時には、こんなに何でも放っておく人だとは思わなかったわ。最近じゃ、私も放っておかれ気味だしね。ママはちょっと苦笑いをして、ニールの寝顔に目をやりました。


でも……。


あのとき思ったのとは少し違うけど、幸せをくれてありがとう、パパ。


ママはドアを静かに閉めて、パパのいる一階へと階段を下りて行きました。下ではパパが、少し心配そうな顔をしてソファーにもたれています。


「さぁ、ここからは夫婦の時間ね。コーヒーでも飲みましょうか。昼間に作ったサンドイッチもあるしね。あぁ、もちろん、あなたが準備をしてちょうだい」


ママの少し優しい言葉にちょっぴり安心したパパは、いそいそとコーヒーをいれる準備を始めました。


その姿を少し意地悪な気持で眺めていたママは、


「今度あのマグカップを使うのは、何年先になるのかしら」


と、心の中でつぶやきました。



【魔法のマグカップ・終】

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