帰還とそれから 1
マグドネル国軍制圧から一か月半。
ファーバー公爵領軍および、首謀者であるファーバー公爵たちの捕縛も終え、後処理に奔走しているヴィオレーヌたちはまだダンスタブル辺境伯領にいた。
ファーバー公爵と、マグドネル国軍の指揮官オブライアン将軍の身柄は王都へ移送されたが、捕縛された兵たちの多くはまだダンスタブル辺境伯領にいる。
王太子としてルーファスが後処理の指揮も取っているので、ダンスタブル辺境伯領で雪が完全に解ける晩春頃まではこちらに滞在することになったのだ。
マグドネル国軍とファーバー公爵軍を制圧したのち、ダンスタブル辺境伯領の国境からルウェルハスト国の兵たちがマグドネル国に攻め入った。
モルディア国とルウェルハスト国に挟み撃ちをされたマグドネル国は、国内に最低限の兵力しか残していなかったこともあり、驚くほどあっけなく陥落した。
マグドネル国の第一王女をはじめとする首謀者たちは全員捕縛され、そのうち、ルウェルハスト国に移送される手はずになっている。
マグドネル国を今後どのような扱いにするのかはまだ決まっていないけれど、モルディア国に助けを求めた第二王子を国王に立てるにしろ、まだ幼いため、こちらから総督を出すようになるだろうとルーファスは言った。
ルウェルハスト国に併合はしないらしい。
(まあ、併合したところで、扱いにくいもんね)
アルベルダが魔術の手紙で教えてくれたことだが、モルディア国の兵士たちにも大きな被害は出ていないそうだ。
神殿が保管していたハイポーションを兵士たちに配ったこともあり、皆、無事に生還したという。
問題はむしろ、想定していたよりもハイポーションの在庫が減らなかったことらしく、神殿長は扱いに困るあのハイポーションがまだ大量にあると頭を抱えたそうだ。やはりここは、改良版ポーションの作り方を教えて消費してもらうしかなかろう。
「あ、聖女様だ!」
ルーファスは事後処理で忙しくしているが、ヴィオレーヌはたいていが暇だった。
最初は傷ついた兵士たちの治癒のために動き回っていたが、治癒をするのにもそれほど時間がかかるわけではない。
あっという間に終わって、ついでにミランダに乞われてポーションも作ったが、ポーション作りで毎日がつぶせるわけはなかった。
結果、暇を持て余して、何か仕事はないだろうかとジョージーナとルーシャを連れて城下町を散策している。
ヴィオレーヌを見つけた人が手を振ってくれたので手を振り返しながら、ヴィオレーヌは東の跳ね橋に向かった。
西側の跳ね橋にはさほど被害はないが、マグドネル国との国境の方角を向いている東門やその周辺の外壁は被害が大きく、現在修復作業が行われているのだ。
大きな丸太をせっせと運んでいる屈強な男たちが大勢見える。
「こんにちはー! 手伝いましょうかー?」
資材置き場に積みあがっていく丸太を見やりながらヴィオレーヌが言えば、男たちがカラカラと笑った。
「こんな重たいもんを持ったら聖女様の細腕が折れちまいますよ」
「魔術を使いますから大丈夫ですよ」
にこりと微笑み返して答えると、男たちは少し考えこむ。
ヴィオレーヌの活躍は、あの場にいた兵士たちが面白おかしく吹聴して回るせいもあって、ダンスタブル辺境伯領ではとても有名な話になっていた。
聖女様に手伝ってもらうのは申し訳ない、いやでも、と男たちが相談をはじめ、そのうちの一人がおずおずと顔を上げる。
「それでは、森で木を伐採している奴らを手伝ってもらってもいいですか……?」
「任せてください」
暇を持て余しているヴィオレーヌは二つ返事で請け負うと、ジョージーナとルーシャとともに森へ向かう。
少し歩くが、逆に時間が潰せてちょうどいい。
森に向かうと、斧を使ってせっせと木々を伐採している人が見えたので、ヴィオレーヌは声をかけた。
「お手伝いに来ました。木を切るのはわたしがします。危ないので少し下がっていてもらえますか?」「あ、聖女様だ!」
「聖女様、こんにちは!」
「おーい! 聖女様が魔術を使ってくださるぞー!」
ヴィオレーヌに気づいた人たちが笑いながら、ヴィオレーヌに挨拶をし、男たちに声をかけて回る。
すっかり聖女呼びが定着してしまったなと苦笑しながら、全員が避難するのを待って、ヴィオレーヌは片手を前に突き出した。
ドオォォォン
ドスゥゥゥン
と重たい音がしながら、ヴィオレーヌの風の魔術で伐採された木が次々に倒れていく。
「「「おおおおおお!」」」
見守っていた男たちが目を輝かせて歓声を上げた。
切り倒した木を、男たちの指示を聞きながら枝葉を落として一本の丸太に仕上げていく。
どんどん積みあがっていく丸太に、男たちがケラケラと笑い出した。
「すげー!」
「あっという間に今日の作業分が終わったぞ!」
「俺らの出番、まったくねーな!」
やいのやいのと褒めてくれるので、調子に乗ったヴィオレーヌはさらに百本ほど丸太を作って、それらすべてを風の魔術で宙に浮かせた。
「じゃあ、運んじゃいましょう」
「「「おおー!」」」
することがなくなった男たちが、ヴィオレーヌの後ろに一列になってついてくる。
ジョージーナとルーシャが肩を震わせて笑った。
「ヴィオレーヌ様お一人で全部が終わりますね」
「数百本の丸太が宙に浮いてるとか、もう、夢でも見ている気分です」
ルーシャの言う通り、確かにあまり見ない光景かもしれない。
跳ね橋まで戻って来ると、誰もが作業を止めてぽかんと口を開けこちらを見ていた。
ヴィオレーヌが資材置き場まで丸太を運んで、積み上げていく。
資材として使うために乾燥させなければならないため、クロスさせながら交互に組んでいく必要があるらしい。
資材置き場がいっぱいになってしまって、現場を監督していた男がぽりぽりと首を後ろをかいた。
「予定じゃあ、あと十日は木の切り出しに時間を使うつもりだったんですが、終わっちまいましたね」
「十日浮いたなら、交代で休みを取ったらどうかしら? ずっとバタバタしていて、ゆっくりできていなかったでしょう?」
残党兵問題が片付いたと思えばマグドネル国軍が攻めてきて、ダンスタブル辺境伯領の人たちはずっと忙しかったはずだ。
「復興を急ぐことも大事だけど、休める時に休むことも大切だと思うわ」
「そう言うなら、あちこちで作業員の仕事を奪っていないで、お前も休める時に休んでほしいんだがな」
ふと後ろの方からルーファスの声が聞こえてヴィオレーヌは振り返った。
あきれ顔をしたルーファスが、腕を組んでこちらに歩いてきている。
「ヴィオレーヌ、城に戻るぞ。二週間後には王都に向けて出発するんだ。お前も、休める時に休んでおくんだ」
二週間後に出発するのに、今から休んでおく必要はないと思うのだが、ここにいてももうすることはなさそうなのでヴィオレーヌは素直にルーファスの手を取った。
指をからめるようにして手をぎゅっと繋いで、城に向かってゆっくり歩き出す。
ルーファスは過保護なくらいに心配性だが、彼とこうして並んで歩くのは嫌いじゃない。
「帰ったら夏だな。……どんなに急いでも、結婚式は来年の春ごろになりそうだ」
「そうですね」
来年の今頃は、ルーファスの隣で愛を誓うのかと思うと、なんだかおかしくなってくる。
一度目の人生。
あの日、命を落とした十八歳のヴィオレーヌは、ルーファスの隣で愛を誓う日が来るなんて想像だにしていなかった。
(不思議なものね。でも……、とっても素敵だわ)
歩調を合わせてゆっくり歩いてくれるルーファスの横顔を見上げて、ヴィオレーヌは笑った。
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