犯人の目的 1

「まあヴィオレーヌ、スチュワートの商会がポーションを売りはじめたとは聞いていたけど、あなたがポーションを作っていたの?」


 道理でミランダがあなたの侍女になったはずだわ、とジークリンデが膝の上に乗せたアルベルダの背中をなでなでしながら言った。


 アルベルダはすっかり無の境地になって、されるがままになっている。金色の目がちょっとうつろだ。

 どことなく「どういうことじゃ?」とヴィオレーヌを睨んでいるような気もしなくもないが、無視である。

 長らく寝たきりだったジークリンデの気分転換に付き合ってやってほしい。

 ジークリンデの対面のソファに腰を下ろしたリアーナも、ヴィオレーヌがポーションを作りはじめると目を丸くしていた。


「お父様からファーバー公爵が販売しているポーションよりも安いポーションが出回りはじめたと聞いてはいましたが、まさかご正妃様が犯人だったとは……驚きました」

(犯人って……)


 別に他人を欺いているわけではなく、秘密にしていただけなのだが、その言い方では何かを企んでいるように聞こえるから不思議だ。

 いや、企んでいるというのもあながち間違えではないのか。

 ルーファスにしろ、スチュワートにしろ、独占状態でポーションを生産販売しているファーバー公爵家の邪魔をするためにしているのだから、ヴィオレーヌというよりはルーファスたちの企みである。


「殿下が、ポーション価格の高騰を憂いていらっしゃいましたからね」


 本当はヴィオレーヌに正妃としての予算が回ってこないための苦肉の策なのだが、これもあながち嘘ではない。


「確かに今は高すぎますものね。ポーション価格のせいで軍部の予算が戦前の十倍以上に跳ね上がっていて、他の大臣の方々からチクチク嫌味を言われるとお父様が言ってましたもの」


 リアーナがそっと息を吐いた。


「それで、ヴィオレーヌ様はお作りになったポーションを軍に提供しようとは思いませんの?」


 作るなら売らずに軍に無償提供した方がいいのではないかとリアーナが言うと、二人にお茶のお代わりを入れていたミランダがくわっと目を見開いた。


「何をおっしゃいますリアーナ様! それを言うのなら、ファーバー公爵家が無償提供すればいいではないですか! うちは無償で配ったりしませんからね! 教会に寄付する分は例外なのです! 軍には上げません、買ってください!」

「……と、言うことです」


 ミランダの剣幕に目をぱちぱちさせているジークリンデとリアーナに、ヴィオレーヌは微苦笑を向ける。

 教会への寄付については、ジークリンデのために一か月半以上も大司祭がかかりきりになってくれていたので、王家からそのお礼でという形を取ることにしたのだ。ゆえにミランダもスチュワートも渋々了承したのだが、軍には無償提供するのは別の話らしい。


「ポーション価格が跳ね上がっているため、市民が教会を頼るので、ポーションの在庫が底をついているそうなのです。大司祭様から聞きました」


 こっそり、ポーションを寄付しようと思うのだがと大司祭マヌエルに相談したところ、教会の状況を教えてくれたのだ。

 寄付も減り教会は火の車で、ポーションの購入もままならない。

 そして在庫もなくなってしまったので、泣きついてきた市民に満足に施しができず困っているそうなのだ。

 急いでポーションを百本ほど作って届けると泣いて喜ばれたので、ルーファスに相談して、毎週百本ずつ、王家から、という形で教会へ寄付すると決定したのである。


「そうなのね。教会もとても大変だったのね。知らなかったわ……」


 ジークリンデが、アルベルダの顎下を撫でながらしみじみと言った。


「戦後でどこも大変ですから、教会だけというわけではないですけど、寄付で成り立っている教会は助けを求める市民が増えればどうしても立ち行かなくなってしまいますね。……戦争孤児の面倒も見ているのでしょうし」


 教会は孤児院も運営している。こちらも基本的には寄付で賄っているので、寄付が底をつけば孤児たちの生活にも影響する。

 ポーションを寄付しておけば、困窮した市民への無償提供以外にも、食糧と物々交換してもらえたりもするので、教会としてはとても助かるのだと言う。

 そして教会が食料と物々交換という形でポーションを放出すれば、ポーション価格を下げるのにも一役買ってくれる。市場に出回る数が少ないから価格が跳ね上がるのであって、ある程度供給されれば自然と価格は落ちるのだ。


(王家としても、復興でお金がかかっている状況で寄付金はあまり出せないけど、ポーションはわたしがいくらでも作れるから懐は痛まないものね。まさに一石三鳥)


 せっせと作成したポーションを瓶詰していく。

 スチュワートからも追加発注が来ているので、今日は三百本は作っておきたい。

 ジークリンデとリアーナが来ているのに仕事をしていて申し訳ないが、王家のためでもあるので許してほしい。


「それにしても……ポーションとは、そんなに簡単に量産できるものなのですね」


 リアーナがポーションの詰まった木箱を見やって不思議そうな顔をした。

 ヴィオレーヌが作った端からジョージーナとルーシャが手分けして木箱に詰めて行ってくれているのだ。寄付分と、スチュワートに納品する分と分けて積み上げてくれている。

 ルーシャが顔を上げて、大きく胸を張った。


「ヴィオレーヌ様は特別なのです! ほかの魔術師と一緒にしないでくださいませ」

「ええ……、そうなのでしょうね。お一人でここまでの量が作れるなら、ポーション価格が高騰するわけありませんもの」


 リアーナが少し視線を落として、ふと真顔になった。


「不躾なことをお聞きしてもよろしいかしら?」


 ヴィオレーヌはポーションを瓶詰する手を止めて振り返った。


「なんでしょう?」

「教会に寄付するにしても、ポーション価格を下げるために市場に卸すにしても、ひいては市民のためでしょう? その……、現在、城下町ではヴィオレーヌ様の悪評が立っております。ヴィオレーヌ様を悪女だと罵る市民が多いと言うのに、なぜ彼らのためにポーションを作るのでしょう? 腹は立ちませんの?」

「ええっと……」


 これは不思議なことを訊かれたなと、ヴィオレーヌは困惑した。

 下手な言い方をすると角が立つかもしれないので、迷いながら口を開く。


「わたしは、王族です。嫁ぐ前も王族でした。その……王族が民のために尽くすのは、当然のことですので、それほど違和感は覚えていません。民の意見は評判によってすぐに変わるものですので、嫌われたから民のために働くのをやめるというのは、おかしなものでしょう? わたしはそう教わって育ちました」


 幸いにしてモルディア国は王家への支持率が高かった。

 あからさまな悪意を向けられたことは一度もなかったが、国のトップにいる以上、国民にまったく不満を抱かれないと言うのは難しい。

 ヴィオレーヌはモルディア国を守るためにこの国で精一杯のことをするつもりだが、だからと言ってルウェルハスト国の国民のことはどうでもいいとは思っていない。嫁いで来た以上、ルウェルハスト国の国民のことも考えねばならないのだ。

 ヴィオレーヌの答えにリアーナは虚を突かれた顔をし、ジークリンデが楽しそうにくすくすと笑った。


「そうね。でも、この状況でそう言い切れるヴィオレーヌは、やっぱりすごいと思うわ。いくらそう教わって来ても割り切れるものではないでしょうから」

「わたしの国は、平和でしたから」


 ヴィオレーヌも、モルディア国に生まれなければ違ったかもしれない。


 ヴィオレーヌは国民の温かさをよく知っている。だからこそ、守りたいという意識が強い。嫁いでも、その意識には変化は現れなかった。ヴィオレーヌがすごいというが、本当にすごいのは、ヴィオレーヌのこの考えを作ったモルディア国の家族や国民だと思う。一度目の人生、そして二度目の人生で、彼らがヴィオレーヌに教えてくれたことだ。ヴィオレーヌの基盤は彼らが作った。


 ジークリンデと顔を見合わせて、くすくすと笑いあう。

 リアーナがそんなヴィオレーヌを、思案顔でじっと見つめていたことには気が付かなかった。




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