残党兵たちへの違和感 1
数時間ほど歩いて、ようやく元いた場所に戻ることができた。
ルーファスがカルヴィン・ファース第二騎士団団長とアルフレヒトに状況の確認を行っているのを、ヴィオレーヌはルーシャに抱き着かれながら聞いていた。
ヴィオレーヌの無事な姿を見たルーシャが感極まったように泣き出してしまったのだ。
ジョージーナも瞳を潤ませて「ご無事でよかった」と微笑んでくれた。
ヴィオレーヌが崖から落ち、ルーファスが後を追ったのを見た時、ジョージーナは最悪の事態を想定したのだという。
(まあ、あの高さから落ちたら、普通は助からないからね)
ヴィオレーヌが風の魔術を地面にたたきつけて衝撃を緩和させても大怪我だった。
今思えば、大怪我を負い、衝撃で意識を失っていたヴィオレーヌは、ルーファスがポーションを使ってくれなければそのまま死んでいたかもしれない。
目が覚めた時には傷が癒えていたので、どの程度の大怪我だったのかはわからないが、破れた着衣と、こびりついた血の量から考えて危険な状態だった可能性が高かった。
(あの時は咄嗟に、なんで自分でポーションを飲まなかったのかって思っちゃったけど……、ルーファス殿下のおかげで生き永らえたものなんだわ)
そういえば、助けてくれたお礼を言っていなかった。
後できちんとお礼を言わなくては。
「そうだ、ルーシャ。あなたに借りた騎士服が破れてしまったの。ごめんなさい。ちゃんと弁償するからね」
「大丈夫ですよ。服は騎士団が支給してくれますから。騎士なんてしょっちゅう服を破きますからね、申請すればすぐに新しいのがもらえるんです」
破れた服を着ていたら騎士の威厳に関わるので、着替えはたくさんあるし、本当にすぐに新しいものを用意してもらえるのだとルーシャが笑う。それから、ぐっと眉を寄せた。
「でも、破れたって、大丈夫なんですか? そういえば殿下の上着を着ていますし……大怪我をしたんじゃないですか?」
「もう癒えているから大丈夫よ」
「それならいいのですけど……」
ルーファスの上着の下がどうなっているのだろうかと、ルーシャが心配そうな顔をする。
ジョージーナが、ヴィオレーヌに抱き着いたままのルーシャの肩をポンと叩いた。
「ルーシャ、そろそろ離れた方がいいわ。ヴィオレーヌ様は崖から落ちた後ここまで歩いてきて疲れているのよ」
「あ、そうね。失礼しました、ヴィオレーヌ様」
ごしごしと袖で目元の涙を拭ってルーシャが離れる。
カルヴィン達と話を終えたルーファスが歩いてくるのが見えた。
「ヴィオレーヌ、俺たちは残党兵たちが拠点にしていた場所で夜明けまで休んでから帰ることになった」
聞けば、ルーファスとヴィオレーヌの無事が判明したので、一部の人間だけをここに残し、あとは捕らえた残党兵を連れて一足先に帰途についたそうだ。
ここに残ったのはヴィオレーヌの側近の護衛騎士であるジョージーナとルーシャ、そして騎士団長であるカルヴィン、ダンスタブル辺境伯の次男のアルフレヒト、そして数名の騎士たちだけである。
先に帰途に就いた一行の指揮は第二騎士団副団長のバーナード・フォルクナーに任せてあるそうだ。
夜が明けるまで待つのは、ヴィオレーヌの体調を慮ってのことだとわかったので、少し申し訳なくなる。
ルーファスたちと残党兵が天幕を張っていた拠点へ向かうと、そこには争った痕跡が色濃く残っていた。
残党兵の死体は別の場所に移動したらしい。
死体が積まれた前で休憩するのは嫌だったので、気遣ってくれたカルヴィン達に心の底から感謝したかった。
天幕が並んでいる場所から少し離れたところに火が焚かれている。
残党兵たちが使っていた薪があったので拝借したそうだ。
「それにしても、綺麗な天幕ですね」
日の前に丸太が並んでいたので、それに腰かけさせてもらって、ヴィオレーヌは奥に並んでいる天幕を見やった。
ルーファスが当然のようにヴィオレーヌの隣に座る。
ジョージーナが水の入った水筒を手渡してくれたので、ありがたく受け取った。長時間歩いたせいか喉がカラカラだ。
ルーファスも隣で水筒を煽る。
「それについては俺もカルヴィンも気になっていた。戦時中に持ち歩いていたものだと考えると綺麗すぎる。まるで最近……そうだな、戦争が終わってから、新たに手に入れたもののように見える」
「そうですね。見た目も新しいですし、どこも破れていません」
「防具も新しかった。天幕に残されていた武器の一部も回収したそうだが、曇りも刃こぼれもない新品に見えたらしい。それからもう一つ、気になるものがあった」
「気になるもの、ですか?」
「ポーションだ。ポーションが詰められた大きな箱が二つ積んであったらしい」
「……ポーション」
戦時中のマグドネル国からの支給品が残っていたとも考えられるが、大きな箱が二つ分もあったというのは解せない。
ルウェルハスト国もそうだが、マグドネル国も戦時中はポーションに余裕がなく、特に戦争の終盤はほとんど支給されなくなっていたと聞いた。
モルディア国はヴィオレーヌが作ったポーションがあったが、持っていると奪われる可能性があると言って、モルディア国の兵士たちはポーションを下着に縫い付けたポケットの中に入れて隠し持っていたという。
そのくらい、ポーションの在庫が枯渇していたのだ。
(そんな貴重なポーションが、大きな箱に二箱……)
仮に彼らに支給されていたとしても、終戦後一年もここで生活していたのだ。その間に一つも使わなかったということはなかろう。ダンスタブル辺境伯軍との争いでも負傷者は出たはずだ。
残党兵は百余名いた。たとえ一人が一年で一本しかポーションを使わなかったと計算しても百本は必要だ。さらに大きな箱に二つ分のポーションが残っている。ありえない。
「どこかから奪ってきた可能性はないんですか?」
ジョージーナが訊ねた。
ルーファスは首を横に振る。
「このあたりにはポーションはほとんど流通していない。ファーバー公爵の独占状態で値も吊り上がっていて、数にも限りがある。ファーバー公爵は城下町では販売させているが、地方にはほとんど持ち出していないと聞いた。要望があったら送ることもあるようだが、その際にはポーションの金額に、さらに高額な運搬費が上乗せされる。だから地方からもほとんど要望が上がらない」
(最低ね……)
各地には、国が少しばかりだがポーションを支給していたらしい。到底足りない数だが、地方の人間は何とかそれで賄っていると言っていた。
そのせいかどうかはわからないが、病気や怪我での死者が増えているという情報もあるらしい。
ポーションは医療現場でも使うので、満足に医療行為が行えないことがあるのだ。特に風邪をこじらせたりして肺炎を起こしかけているときは薬草では効果がないのでポーションで治す。そのポーションがないのだ。患者がどうなるかは、想像しなくてもわかる。
「ダンスタブル辺境伯領には、残党兵の件もあったから、他よりは多めにポーションを回していた。それでも、満足な数ではない。現に、町の病院には残党兵との争いで負傷した人間が何人も入院していて、ポーションの到着を待っていた。ヴィオレーヌがポーションを作っていたから、今頃は病院に届けられていると思う」
「そう、ですか……」
しかし、ポーションでは大怪我は治せない。負傷者がどういう状況か、町に戻ったら、できれば病院に視察に行かせてもらいたいが、許可が出るだろうか。
「では、ますます妙ですね。何故あんなにたくさんのポーションがあるのでしょう。……マグドネル国からの援助でもあるのでしょうか?」
ジョージーナが表情を曇らせて、ちらりとヴィオレーヌを見た。マグドネル国王の養女としてルーファスに嫁いで来たヴィオレーヌは、マグドネル国の動きによっては、非常に肩身の狭い思いをすることになる。それを心配してくれているのだろう。ジョージーナは優しい。
「その可能性がないとは言わないが、低いとは思っている。ダンスタブル辺境伯が、常に砦に見張りを立てて、国境の様子を観察しているが、今のところ妙な動きはないそうだ。残党兵たちも、森を西へ東へ移動することはあっても、国境を越えようとはしていないと聞いた。マグドネル国との連絡は取りあっていないのだろう」
そうであればこちらから苦情を言うなり脅しをかけるなりできたが、つながりが見えなかったためにあまり強くは言えなかったらしい。
残党兵の存在は伝えたそうだが、マグドネル国王たちは、自分たちは感知していない、彼らが勝手にしていることだと言って、責任から逃げようとしかしないという。
(まあ、自分たちに関係があると認めたらその時点で責任を厳しく追及されるでしょうから、マグドネル国王たちにとってはそう言って逃げるしかないわよね)
終戦しておよそ一年。被害の大きかったマグドネル国は、まだ立て直しの真っ最中だ。そしてルウェルハスト国からの監視もいる。残党兵を支援し、ダンスタブル辺境伯領を落とすことができたとしても、その先は続かないだろう。むしろそれがわかった時点で、マグドネル国王はルウェルハスト国の監視役に殺害される可能性もあった。
監視は、万が一の際にはマグドネル国王以下、マグドネル国の王族の命を狩る権限をルウェルハスト国王より与えられている。
ルーファスの言う通り、可能性はゼロではないだろう。
残党兵を支持し、ダンスタブル辺境伯領を落として、それを足掛かりに攻め入ろうとしている――マグドネル国の何者かがそう目論んでいるかもしれないという考えは排除はできない。
ただ、少なくとも魔術契約で縛られている国王や王太子ではないはずだ。
(もしマグドネル国が関与しているのなら、国王や王太子以外の人物。関与していないのなら、残党兵たちに物資を届けている別の人物がいる)
砦に見張りを立てていても、大きな森に覆われているのだ。残党兵の動きを完全には把握できていないだろう。残党兵たちが何者かとコンタクトを取っている可能性は大いにある。
そして、国境の森の外に目立った動きがなかったのであれば、残党兵とコンタクトを取っていた人間はルウェルハスト国内にいると考えられた。
それが、マグドネル国の手のものなのか、はたまたルウェルハスト国の人間なのかは、現段階では判断できない。
いくつかの可能性を、今はすべて排除せずに慎重に探るべきだ。
「捕らえたものたちへの尋問で、何かわかればいいが……」
ルーファスが、難解な計算式を目の前に出されたような難しい顔で、はあ、と息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます