森の中の戦い 2

 マグドネル国の残党兵は、国境付近の森の中を根城にしている。

 ダンスタブル辺境伯領の北の森は勾配が激しく、東西に広い。

 事前調査で、残党兵たちは国境の手前。森の西側のあたりを切り開いて天幕などを張り、そこを拠点としているらしいということが判明していた。


「できるだけやつらに気づかれないように接近し、日が落ちるのに合わせて襲撃したい」


 ルーファスの作戦に、皆が頷く。

 ルーファスとカルヴィン騎士団長率いる第一軍と、アルフレヒト率いる第二軍で、敵を挟み撃ちする作戦だ。

 当然、襲撃なので馬車は使わず、足音を殺しながら徒歩で目的地へ向かう。

 町から残党兵の根城までは半日ほどかかる計算なので、早朝、日の出とともに出発することになった。


 ミランダとアルベルダは留守番なので、ジョージーナとルーシャとともにルーファスとカルヴィンの指揮下に入る。

 騎士や兵たちには大量に作っておいたポーションも持たせたし、準備は万端だ。


「ヴィオレーヌ、何かあれば躊躇わず魔術を使え」

「わかりました」


 全員に姿が見えなくなる魔術を使えれば楽だったのだが、そうすると味方が互いの姿を認識できなくなるため逆に危険だと断念した。

 ルーファスが手を貸してくれたので、彼の手を取って、慎重に森の中を進んでいく。

 王都に比べて涼しいが、さすがに歩き続けていると汗が滝のように流れてくる。

 特に森の中はじめじめと湿度が高いからだ。


 方向感覚が狂わないように、森の中を走る川を目印に進んでいく。

 途中で何度か休憩を取り、携帯食でエネルギーを補給した。味はいまいちだが、効率よくエネルギーが吸収できるように作られているので、少量でも疲労回復が見込める。ただし、満腹感はあまり得られないのが難点だ。


「大丈夫か?」


 ふう、と息を吐いて汗を拭っていると、ルーファスが心配そうな顔で訊ねてきた。


「大丈夫ですよ」

「ならいいが、つらくなったら言え」


 ダンスダブル辺境伯領に向かう道中でもそうだったが、ルーファスに気遣われると少々くすぐったく感じてしまうのは何故だろう。

 しばらく進んでいると、前方を歩いていたカルヴィンが足を止めた。

 腕を横に伸ばし、後続に止まれと合図を送る。


「どうした?」

「罠です」


 見れば、木々の間にロープで作られた複雑な罠があった。木片をぶら下げているので、罠にかかった時に音が出るようにしてあるのだろう。


「迂回してもどこかに罠が仕掛けられているだろう。それならこの罠を解除して進む方がいいな」

「そうですが、下手に触ると音が出るので、解除には少々時間がかかると思われます」

「……予定が狂うのは避けたいが、急ぐしかあるまい」

「ええ……」

「あの」


 難しい顔で話し込んでいるルーファスとカルヴィンの間で、ヴィオレーヌはおずおずと手を上げた。


「音が出ないように解除するだけでいいんですよね。元に戻す必要はない、と」

「ああ。できるのか?」

「そのくらいであれば簡単ですよ」


 ヴィオレーヌは罠の周りに防音の魔術をかけて風の魔術で罠を粉々にした。

 粉砕した罠が地面に全て落ちるのを確認した後で防音魔術を解除する。

 できましたよ、とルーファスを見やれば、彼が微苦笑を浮かべていた。


「お前は本当に規格外だな。防音の魔術なんてものがあるのか」

「ありますけど、これを周囲にかけると敵が発する音も聞こえなくなりますからね。今は使えませんよ」


 森の中は薄暗く、日が陰るにつれてもっと暗くなる。

 その中で、音はとても重要だ。

 もし敵が近くまで迫って来ていても、防音の魔術をかけていたらその音にも気づかない。暗殺には向くだろうが、今のこの状況ではあまりお勧めはできない。


「聖女様、助かりました」


 カルヴィンがにこりと微笑む。

 ジョージーナとルーシャを見るとにこにこと笑っているので、ヴィオレーヌは役に立ったようだ。


「でも、罠が仕掛けてあるなんて、第二軍の方は大丈夫でしょうか?」

「あちらはダンスタブルの兵たちだ。俺たちよりよほど詳しいだろう。アルフレヒトもいるからな。あいつは単純だが妙に勘がいい。罠にはまるような無様なことにはなるまい」

「それならいいのですけど」


 ルーファスが却下した作戦の一つに、第二軍が囮になるのでその隙に第一軍が攻め込む、というものがあった。戦力差で圧倒しているのならば有効かもしれないが、それほど大きく差がない状況で囮を使うのは危険だとルーファスが却下したのだ。

 だが、もしあちらが罠にはまれば計画を変更せざるを得ない。

 少なくとも、計画より被害は多くなるだろう。

 ポーションはたくさん持たせたが、あれは大怪我にはきかないローポーションだ。ヴィオレーヌの作るハイポーションのように瀕死状態からも回復できるような高性能なものではない。


(ルーファス殿下が大丈夫っていうんだから、大丈夫なんでしょう)


 マグドネル国の残党と小競り合いを続けてきたダンスタブル辺境伯領の兵士や騎士たちだ。先日まで偵察にも出ていたというのだから、この森のことには詳しいはずである。


「アルフレヒトが気になるのか?」


 ホッとしていると、ルーファスがどこか不機嫌そうな声で言った。


「それはそうですよ、何かあったら大変じゃないですか」


 何故機嫌が悪くなったのだろうと思いつつ答えると、ルーファスがさらに気分を害したような顔になる。


「……この前は迷惑そうにしていたじゃないか」

「この前? 何の話です?」

「もういい」


 ルーファスがぷいっとそっぽを向いてしまう。

 いったい何がそんなに気に入らなかったのだろうか。

 首をひねりつつ、罠が消えたので再び歩みを進める。

 隣を見ると、ルーファスは眉間にしわを寄せて、不機嫌な様子を隠そうとしていない。


(この前って何のこと? もしかして、決闘を申し込まれた日のこと? え? あのときのことはこの作戦に関係なくない?)


 急に親切になったり不機嫌になったり、ルーファスはよくわからない。


 帰ったら自分よりもルーファスに詳しそうなミランダに訊いてみようかしらと考えるあたり、ヴィオレーヌは作戦展開中だというのに能天気かもしれなかった。




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