森の中の戦い 1

「なんでそうなった⁉」


 視察から戻って来たルーファスは、アルフレヒトと決闘してきたという報告を受けて眉を吊り上げて怒り出した。


「おとなしくしておくんじゃなかったのか⁉」


 城から出ないとは言ったが大人しくしておくという約束はしただろうかと首をひねったヴィオレーヌだったが、言い返すとさらに怒られそうなので反論はしないことにした。


「しかもなんだあれは! どうしてアルフレヒトがお前の信者化している⁉ おかしいだろう!」

(それについてはわたしもそう思う……)


 決闘に敗れたアルフレヒトは、突然ヴィオレーヌの前に膝を折ると、恍惚とした顔で「好きです」と意味不明な告白をはじめた。

 唖然としていると、一生ついて行きます宣言をした彼は、何故か、ヴィオレーヌが部屋に戻るときにもついてきて、今は扉の外で自主的に護衛任務についている。

 ダンスタブル辺境伯夫人に助けを求めたが、夫人は「言っても聞かない子なので……」と頬に手を当てて遠い目をした。完全に匙を投げた顔だと思ったヴィオレーヌは、戻って来たルーファスにアルフレヒトを何とかしてもらおうと順序を追って決闘の説明をし――たところで、こうして怒られている。


「殿下、あれはアルフレヒト様が悪いのです。突然ヴィオレーヌ様に決闘を申し込まれたのですから。ヴィオレーヌ様を責めるのはお門違いです」


 ジョージーナがかばってくれたが、ルーファスはそんな言葉では騙されてくれなかった。


「申し込まれても受けなければよかったんじゃないのか? どうせお前のことだ、売り言葉に買い言葉で受けたんだろう? 売られた喧嘩は買う主義だといっていたもんな。違うか?」


 違わない。

 ぐうの音も出ないヴィオレーヌに、ルーファスは額に手を当てて嘆息する。


「しかも相手がアルフレヒトとは……。あいつは単細胞かと思うほど単純で熱血で思い込みが激しい面倒くさい男なんだ。ああなったら誰の言葉も聞かんぞ。一生付きまとわれるのは目に見えている。……俺は知らないからな」

「そんな! なんとかしてくださいよ!」

「無理だ。腕だけは確かなんだ。忠犬を飼うことになったと思って諦めるんだな」


 ヴィオレーヌがショックを受けていると、コンコンと扉が叩かれて、ダンスタブル辺境伯が顔を出した。

 青ざめた顔で「愚息がとんだご迷惑を……」と言っているダンスタブル辺境伯の横で、当のアルフレヒトはけろりとした顔をしている。いや、ヴィオレーヌを見て瞳をキラキラさせている。頭が痛い。


「アルフレヒト、お前は一個中隊を任される立場だろう。ヴィオレーヌに仕えたいなら、まずは自領の問題を片付けてからにしろ」

(いやそこは仕えることを禁止するって言ってよ!)


 そう思ったものの、さっき「俺は知らない」と言われたばかりだ。猶予を儲けようとしてくれているだけよしとすべきだろうか。


「そうだぞ、アルフレヒト。お前はダンスタブル辺境伯家の人間として、討伐作戦の指揮を執る立場でもある。今はそちらを優先せよ」


 ダンスタブル辺境伯に言われて、アルフレヒトがむむっと眉を寄せた。

 仕方なさそうな顔をして、「では、お仕えする話は全て片付いた後で!」ときりっとした顔で宣言すると、父親に連れられて去って行く。

 ひとまず去ってくれて、ほっと息を吐き出したヴィオレーヌは、そのあとで首をひねった。


「討伐作戦って、なんですか?」

「ああ、俺もさっき知ったんだが、現在マグドネル国の残党兵討伐のための作戦が練られているらしい。近々、やつらが根城にしている国境付近の森に攻め入るそうだ。防御に徹していてはずっと平行線だからな、俺たちが来ると聞いて、打って出ることにしたらしい」

「それは……、大丈夫なんですか?」

「情報によると、残党兵は百名と少しだという。この地の守りを無視できないため今まで攻め入ることを躊躇していたようだが、俺たちが来た今なら討伐に回す人数も充分に確保できる」


 いつまでも防御だけしていたら疲弊するだけなので、こちらから打って出るというのはわからないでもない。

 兵力が確保できているなら、攻めに転じる好機ともいえるだろう。

 しかし、残党兵とはいえ、相手は終戦後一年も耐え続けている猛者たちだ。油断しているとこちらが足をすくわれる可能性だってあった。


「殿下も出られるんですか?」

「ああ、もちろんだ」


 もちろん、と言うけれど、普通は王太子は前には出ない。

 ダンスタブル辺境伯はこの地を守るために動かないはずなので、アルフレヒトの軍とルーファスと騎士団長カルヴィン・ファース率いる軍で攻めるということだろう。


「わたしも行きます」

「言うと思った。安心しろ、もちろんお前の戦力もカウントしてある」

「それならよかったです」

「……お妃様が前線に出るなんて前代未聞ですよ」


 ミランダが苦笑したが、ルーファスとヴィオレーヌの命はつながっているのだ。ルーファスだけを行かせて何かあったら大変である。


「作戦を練って、出発は一週間後を予定している。いいか?」

「問題ありません」


 マグドネル国の残党兵にいつまでも好き勝手されていては、ヴィオレーヌも困るのだ。


(立場上、マグドネル国王の養女だからね。残党兵への恨みがこっちにまで来たらたまったものではないし)


 何より、ダンスタブル辺境伯城に来る途中に見た町の様子が、脳裏に焼き付いている。

 残党兵など早く片付けて、復興の方に力を入れたい。

 ヴィオレーヌがぐっと拳を握ると、それを見たルーファスが笑いながら言った。


「本当、勇ましい妃だよ、お前は」




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