駆けつけてきた黒猫 1

 スチュワートの妹、ミランダ・オークウッドは十六歳だという。

 兄であるスチュワートに似た黄色味がかった茶色の髪をしていて、瞳は翡翠のような濃い緑色。

 大きな目は勝気そうでもあり、好奇心いっぱいの子どものようでもある。


 小柄で活発な印象の彼女は、見た目通りの人物で、ルーファスに連れられてヴィオレーヌの部屋に訪れた際には元気いっぱいに挨拶してくれた。……元気すぎて、少し引いたくらいだ。


「はじめましてヴィオレーヌ様! わたくしヴィオレーヌ様にお仕えできて光栄です! 日常生活面ではしっかりとサポートいたしますので、ヴィオレーヌ様はどうぞポーションづくりに精を出していただいて、じゃんじゃんお金を稼いでくださいませ‼」


 拳を握り締めての挨拶に、スチュワートが額に手を当てて嘆息した。


「ミランダ、お前は侍女としてきたんだ。わかっているのか?」

「わかっていますよ殿下。わたくしの使命は、ヴィオレーヌ様がポーションづくりに集中できるよう、侍女としてその他の雑務を一手に引き受けることです」

「侍女は雑用係じゃなくて妃の世話係だ」

「わかっています。でもわたくしは雑用もこなします」

「……もう好きにしてくれ」


 もう知らん、とルーファスは匙を投げた。匙を投げるのが早すぎる気がするが、父親が従兄弟同士なのでミランダのことをよくわかっているのだろう。「頑張れ」とヴィオレーヌの方に同情めいた視線を向けてくる。


 しかしヴィオレーヌとしては、侍女の領分を超えて仕事をしてくれる分は逆にありがたいので文句はない。

 味方の少ないヴィオレーヌとしては、あまり大勢の側近を入れるつもりはないのだ。増やすにしても、少しずつ状況を見ながらにしたいので、ミランダのような人の方がやりやすい。


 すでに側近として取り立てた二人の護衛騎士ジョージーナとルーシャも、ミランダには文句がないようだ。これまで侍女の役割もこなしてくれていたジョージーナは、これで護衛に集中できると嬉しそうである。


「ではさっそく、ヴィオレーヌ様はあちらでポーションづくりを――」

「違う! さっそくするのは支度だ! このあと母上主催の茶会だろう⁉」

「……そうでした」


 不服そうに口をとがらせて、ミランダはさっそくクローゼットを開けた。ドレスをチェックし、ふむふむと頷く。


「早急にドレスを新調する必要がございますね。ここにあるのは普段着としては問題ございませんが、この先のことを思えばパーティー用や茶会用、公務用のドレスを用意しておかなくてはなりませんが……ヴィオレーヌ様、ドレスについてはお任せいただいてもいいですか?」

「お任せしたいところだけど、あんまり無駄遣いをしたくないの」

「それならばなおのことお任せください。兄のスチュワートに言えば、ドレスくらいいくらでも送ってきますよ。ヴィオレーヌ様が着て表に出てくださるだけで宣伝効果が期待できますからね。お金は不要です。そのかわり、こちらの指定のドレスを着ていただくことになりますが……」

「おい、王太子妃を広告に使うつもりか?」

「いいじゃないですか。……あっちも、同じようなことをしていますからね。しかもあっちは、費用は国持ちで。さらにヴィオレーヌ様に回されるはずのお金もくすねているんでしょう? がめついったらないですよ」

(あっちって、アラベラのことかしらね)


 鼻に皺を寄せたミランダの言葉に、ジョージーナとルーシャがうんうんと頷いている。

 ヴィオレーヌとしてはドレスにお金をかけなくていいなら問題ないのだが、立場的にはやはりまずいのだろうか。

 ルーファスの答えを待っていると、腕を組んだ彼が、諦めたように首を横に振った。


「あまり派手にするなよ」

「心得ています。逆に、戦後の今に派手な装いをしていたら国民感情を逆なでしますからね。品よく控えめで、けれどもヴィオレーヌ様の美しさを損なわないドレスをご用意いたしますよ」

「それならいい。じゃあ俺は行くが、ポーションの製造にヴィオレーヌが関わっていることはくれぐれも表には出すな。いいな」

「お任せください」

「ヴィオレーヌも、ミランダが商売だの金儲けだの言い出したときは耳半分で訊いて真に受けるな。こいつの言う通りに動いていたら金儲け一択になる。ジョージーナとルーシャがいるから大丈夫だとは思うが、俺の正妃であることを忘れずに行動してくれ」

「わかりました」


 ヴィオレーヌも、モルディア国のためにルウェルハスト国で王太子の正妃としての地盤を築き上げることが重要だとわかっているので、ポーション作りに熱中したりはしない。むしろ生活する上で問題ない金額が手に入ればそれでいいのだ。

 ヴィオレーヌが頷くのを確認して部屋を出ようとしたルーファスが、思い出したように扉のところで振り返った。


「忘れていた。今夜はここに来る。正妃を尊重している姿勢も見せておく必要があるからな。そのつもりで準備しておいてくれ」

「かしこまりました」


 ミランダが頭を下げてルーファスを見送る。

 ヴィオレーヌはきょとんとして、それからハッと息を呑んだ。


(まって、今夜来るって、そういこと⁉)


 何も考えていなかったヴィオレーヌの顔から、ざーっと血の気が引いていった。



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