売られた喧嘩は買いますけど 1

 野盗の襲撃以来、何故か兵士や騎士たちがヴィオレーヌに優しくなった。

 優しいのは嬉しいが、親切にされるとどうにも落ち着かないのは何故だろう。


「聖女様、お水をお持ちしましたよ」


 休憩のために馬車を止めるたびに、誰かがそう言って水や食べ物を持ってくる。

 これにはルーファスもあきれ顔をしていたが、止めるつもりはないようだ。

「あの、その聖女様って言うの、そろそろやめてもらえませんか?」


 モルディア国でも「聖女様」とは呼ばれていなかった。聖女とささやかれていたが、普通に「王女殿下」や「ヴィオレーヌ様」と呼ばれていたのだ。「聖女様」という呼び方には慣れない。


「何をおっしゃるんですか、聖女様は聖女様です!」

「お前たち、何度も言うが、あの時のことは口にするなよ」

「わかっております殿下! 聖女様がお困りになるようなことは言いません!」


 それなら「聖女様」という呼び方も改めてくれればいいのに、それは改めてくれないらしい。

 水を受け取りつつそっと息を吐けば、ルーファスが面白がるような視線を向けてきた。


「すっかり崇拝されているな」

「……殿下からも言ってくださると嬉しいのですけど」

「受け入れられるに越したことはないだろう?」


 それはそうだが、これは少し違う気がする。

 まるで大勢の兵士をかしずかせているようではないか。王都の人たちに、とんだ悪女が嫁いで来たと思われたらどうしよう。


(まあ、王太子殿下の心臓を縛る時点で悪女と言われても仕方がないんだけどね)


 ヴィオレーヌがちびちびと水を飲んで休憩している間に、ルーファスは馬車を降りてカルヴィンと何やら打ち合わせをして戻って来た。


「あと三日もあれば王都につく。手前の町で風呂に入っておけ。あと……着替えをどうするかだな」

「別にこれでいいですよ」

「裾が少し破れているのに気がついているか?」


 ヴィオレーヌはドレスのスカートの裾を見下ろした。野盗に襲われた時に少しひっかけて破れたのだ。だが、目立つような破れ方はしていないので、よく見ないとわからないはずである。


「既製品になるが、町で購入した方がいいだろうな。王都ほどではないが最後に立ち寄るのは大きな町だから、それなりに見栄えがするものも置いているだろう」


 ドレスを買ってくれるらしい。

 ルーファスから借りたシャツ以外の着替えがないので買ってくれるのはありがたいが、最初のころと比べてルーファスの対応がずいぶん緩和しているように思えた。最近はあまり警戒されていない気がする。


(ルウェルハスト国の兵士を助けたからかしら?)


 態度が変わるほど感謝されるとは思わなかった。


 聖魔術の使い手はとても少ない。

 モルディア国の民たちは、ヴィオレーヌは聖魔術を覚えて以来惜しげもなく使いまくっていたので見慣れているが、他国ではそうではないのだ。


 改めて、母の死の間際の祝福のすごさを思い知った。

 きっと母の祝福がなければ、ヴィオレーヌがこの力を授かることはなかっただろう。

 母のおかげで手に入れられたこの力を使って、ルウェルハスト国でうまく立ち回り、モルディア国の平穏が脅かされないようにしなければ。

 ヴィオレーヌは、きっとそのために人生をやり直し、力を手に入れたのだ。


 手のひらを見つめて改めて自分自身に誓いを立てていると、「休憩は終わりだ。馬車が動くぞ」とルーファスが声をかけてきた。

 わざわざ忠告してくれたことに驚きつつ、ヴィオレーヌは座席に深く座りなおす。


 ルウェルハスト国の王都では、ヴィオレーヌが歓迎されることはないだろう。

 楽しい生活ではないだろうが、モルディア国のために、ルウェルハスト国でうまく立ち回り生き抜いて見せる。


 決意を固めて馬車の窓から外を見やったヴィオレーヌの横顔を、ルーファスがじっと見つめていたことには、気が付かなかった。




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