やり直し王女、夫の生殺与奪の権利を握る 5
「ごきげんよう。このたび、あなたの正妃として嫁いでまいりました、モルディア国第一王女にしてマグドネル国王の養女、ヴィオレーヌと申します。あなたが殺害を計画した、女です」
ふふっと楽しそうに笑ってやれば、ルーファスが化け物でも見たような顔になった。
「…………そなたまさか、死の淵から蘇って来たのか」
「あら、面白いことをおっしゃるのね。まあこの格好ですからそう思われても仕方がないかもしれませんけど」
赤く染まったドレスを見下ろして、ヴィオレーヌは肩をすくめる。
「生きて、いたのか」
「あら、お化けに見えまして? ああ、それとも、わたしを殺したと報告を受けましたか? ふふっ、残念。あなたの指示で動いた兵士たちが殺したのは、わたしではなくて、マグドネル国がわたしの監視のためにつけた侍女ですよ」
「侍女と王女を間違えるはずがないだろう!」
「侍女をわたし本人に見せることなんて、わたしには容易いことですのよ?」
そう、魔術をかけて、他人には侍女がヴィオレーヌ本人に見えるようにすればいいだけの話だ。
ルーファスが愕然とした顔で「馬鹿な」と呟いているが、普通の魔術師ができなくとも、そのくらいヴィオレーヌには容易いことである。何せ、今の世では誰も使えなくなったと言う禁術すら操ることができるのだから、そのくらいの魔術は造作もない。
ルーファスの顔がますます強張る。
「だれ――」
「おっと、声を上げない方がよろしくてよ。誰かがここに入ってきたら、その瞬間、その誰かを殺しますわ。寝室が血の海なのは嫌でしょう?」
「この、化け物が……っ」
「何とでも。それよりも重要なお話をしたいのですけど、よろしいかしら? 嫌なら構いませんけど、その場合、あなたの首と胴体が離れますからご注意を」
「馬鹿め、この角度で首が落とせるはずが」
「試してもよくてよ」
剣を軽く喉に宛ててやると、ぐっ、とルーファスが息を詰める。
切っ先に皮膚が引っ掻かれて、ルーファスの喉に小さな赤い線が走った。
「わたし、これでも手荒なことは望みませんのよ。だって、面倒くさいじゃないですか。……さて、旦那様? 首と胴体がおさらばするのと、わたしとお話しするのと、どちらがお望み?」
「……いいだろう。話を聞こう」
忌々しそうにルーファスが舌打ちする。
にこりと微笑んでヴィオレーヌが剣を引くと、その瞬間、ルーファスの手がベッドの横に置いてあった剣に伸びた。
目を見張るほどの速さで鞘から剣を抜いたルーファスが、立ち尽くしたままのヴィオレーヌの喉元に剣先を突きつけ、にやりと笑う。
「形勢逆転だな、愚かな王女よ」
「あら、そうかしら」
「強がりを。今ここでそなたを殺し、マグドネル国への宣戦布告としてやろう」
(やっぱり、それが目的だったみたいね)
ヴィオレーヌを殺害しようとしたルーファスの目的は、正直なところはっきりしていなかった。
ただ消去法でマグドネル国への宣戦布告の可能性があるとは思っていたのだ。
噂に聞くと、ルーファスは父王が決めたマグドネル国への措置に不満を抱いていたらしい。
戦争を仕掛けられて自国に損害が出た以上、せめてマグドネル国の王族を根絶やしにするくらいはしなければ納得できないと言っていたそうだ。
(その気持ちはわかるけど、王族を根絶やしにしたら、かの国を統治する人間が必要でしょう? さすがに現実的ではないと思うのよね)
それならば王族貴族をすべて一掃した方が禍根がないが、そうすればマグドネル国が立ち行かなくなり、戦争被害から自国を建て直し中のルウェルハスト国に負担が大きいのも事実だ。
ルウェルハスト国王の決断はヴィオレーヌも甘いとは思っていたが、現状を考えると悪手というわけでもない。
まあ、戦争で家族を失った人間たちからすれば、納得のいくものではないだろうし、王のかわりに戦場を駆け回っていたルーファスにとっても同じだろう。
ルーファスにとって大切な仲間や部下たちにも、被害が出たであろうから。
そんな彼にとって、敵国と同盟を結んでいた国の王女は嫌悪すべき人間のはずだ。その女を殺すことにためらいはないはずだし、それを皮切りにマグドネル国との戦争を再び起こして、今度は徹底的につぶしたいという気持ちも、まあわからなくもない。
ただ、感情に任せて先走りすぎだとは思うけれど、今の戦力差を考えれば、ルウェルハスト国がマグドネル国を完全に滅ぼすのは不可能ではない。
「旦那様は、感情的になりすぎて周りがよく見えていないようですわね」
「強がりを――」
「相手が女だからと、油断しすぎですよ」
ヴィオレーヌにキンッと剣を弾き飛ばされて、ルーファスが目を見張った。
放物線を描いて飛んで行った剣が、大きな音を立てて床に転がる。
それを、ルーファスが信じられないようなものを見る目で追った。
「わたくし、剣の腕もそこそこですのよ。まあ、一番得意なのは魔術ですけど。――どうやら状況がおわかりでないようなので、少し教えて差し上げますわ」
「――っ」
ヴィオレーヌがすっと目を細めて微笑んだ途端、ルーファスが左胸を押さえてベッドの上にうずくまった。
口がパクパクと動き、けれどもそこから漏れるのはくぐもったうめき声だけだ。
額には脂汗が浮かび、見開いた目が充血する。
ヴィオレーヌがルーファスの息を止めたのは、時間にすると十数秒ほどのことだろう。
はっと大きく息を吸い込み、ベッドの上でうずくまったまま荒い息を繰り返している、ルーファスを見つめながらベッドの縁に腰かけたヴィオレーヌは、聖女のような優しい微笑みを浮かべた。
「大丈夫ですか、旦那様」
「お前、さっき何を……」
「わたしも馬鹿ではないので、自分の身の安全くらいは確保させていただきましたわ。その心臓、縛らせていただきました」
「……は?」
「ですから、心臓を縛らせていただいたのですわ。禁術、と言えばわかるかしら?」
ルーファスがひゅっと息を呑んだ。
「禁術だと⁉ あり得ない‼」
「嘘なんてついていませんわ。禁術で旦那様の心臓とわたしの心臓をつなげさせていただきました。旦那様が死ねば、わたしも死にます。――逆を言えば、わたしが死ねば、旦那様も道連れです」
ルーファスが愕然と目を見開く。
その驚愕した顔をうっとりと見つめて、ヴィオレーヌは嫣然と笑った。
「文字通りの運命共同体ですわ。ふふっ、夫婦らしくていいでしょう?」
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