第17話 蹂躙と鎮魂

 北大陸で最も濃い瘴気を放つ魔の森。そこにコロニー壊滅の計画を企てた黒魔法使い達のアジトはあった。


 そこも元は、ネベルと同じ人間の住むコロニーだったのだろう。しかし黒魔法使いの襲撃で樹脂製の透明な外壁は破壊され、彼らによる新たな住処が作られていた。

 コロニーだった場所の周りには、黒魔法使い達が配置した呪術的な儀式に使うアイテムや何かの骨が汚らしく散らばっていた。

 また食い散らかした食べ物、その他汚物などもあり、まさにチンピラどものたまり場と化していた。


「ぎゃはは! ほうらっ 魔法で雌豚に変えられたいのか」


「ゆ、許してください」


 ファントムローゼのアジトの入り口で、二人の黒魔法使いらしい男が攫って来た女を使って遊んでいるのを目撃した。


「ピクシー。しばらく隠れてるんだ」


「う、うん」


 ネベルはそう言うとエクリプスを抜き放った。ピクシーは素早く姿を消してネベルから距離を取った。


「ああ? なんだお前ぇ。てめえ、ここがどこだか分かってんのか!!!」


「フン……屑が」


 ネベルはエクリプスを軽く二回振ると、魔法使い達に攻撃のチャンスを与えずに瞬殺した。


 目の前で二人の人間があっという間に肉塊に変わったのをみて、女は恐怖しその場から逃げるように立ち去っていった。


「フン」


 ネベルは剣を一振りしてまとわりついた血を払い落すと、去っていった女を気に留めることなくアジトの奥へと突き進んでいった。



 ファントムローゼのアジトの最深部、儀式の祭壇では、頭領のロゼ・ベルギウスが後日実行する予定の大規模魔法陣について、小さなミスがないか最後の確認を行っていた。


 彼は慎重な男なので、既に43回の最終確認を終えていたが、44回目の確認にも余念はなかった。


「ここは…………うん良いな。 ん? 90行7833項は流れる予定の魔力量が少し多いようだな。ワシとしたことが見落としていた」


 僅かでもミスが見つかると、それを魔法のスクロールに記録していく。ロゼ・ベルギウスはこの作業をたった一人で何日も続けていた。


「次は90行7840項から93行12999項まで一気にやるか」


「よお、お隣さん」


「…………ハッ 誰だお前!」


 とつぜん背後から声をかけられたロゼ・ベルギウスは素早く前方に飛びのいた。自分の背後にいたのは仲間の黒魔法使いではなく、奇怪な形の大剣を担いだ彼の見知らぬ男だった。


「オイっ 誰か! 誰か来てくれ!」


「呼んでもこないぜ」


 ネベル・ウェーバーは冷酷にそう告げた。

 ほかの魔法使い達が呼んでも現れない理由は、すべて彼が気絶させたか殺してしまっていたからだった。


 ネベルの発言から、ロゼ・ベルギウスは自分の仲間が目の前の男にすべて倒されてしまった事を悟った。

 そして自分とネベルとの戦闘力の差を理解すると、最後の説得を試みた。しかし会話の最中にもネベルは剣を構えながら、容赦なくロゼ・ベルギウスに迫っていった。


 ロゼ・ベルギウスは言った。


「なあ、もうやめてくれないか? そうだ。ここで引いてくれたら望むだけの礼をするよ」


「フン……、興味ないね」


 ネベルはさらに歩みを進めた。


 ロゼ・ベルギウスはじりじりと後ろに下がらされる。すぐ近くに死の淵を感じ、彼の額からは滝汗が流れ出した。


「お、お前の目的は? なんでこんな事をする? もしかしたら分かりあえるかも!」


「お前に関係ない。それにこれから死ぬやつに、話す必要ないだろ」


 ネベルはエクリプスを天に掲げた。


 そして、ロゼ・ベルギウスは最後に叫んだ。


「っ……………………お前も同類だろうが!!! その瞳ッ まるで狂犬だ! 我らは闇に紛れて、血を求め彷徨う溢れ者。同じ仲間だろ?」


 すでにロゼ・ベルギウスを壁際まで追い詰めていたが、その時ネベルの動きが一瞬止まった。だがその後ネベルはこう言った。


「俺はお前ほど好き勝手してないのさ…………覚悟はできたか」


「ま、待て…………!」


 容赦なく頭の上から振り下ろされたエクリプスはロゼ・ベルギウスを両断した。辺りに鮮血が、激しく飛び散る。



 すべてが終わった後、それまで隠れていたピクシーがネベルの前に姿を現した。

 ピクシーは低いところをふわふわと飛んでネベルと真っ二つになったロゼ・ベルギウスの側までやって来た。


「ああ、いたんだな。でももう終わったから帰るぜ。 …………ピクシー?」


 突然ピクシーは不思議な行動を始めた。

 死体の前までふわふわと飛んでいくと、目を瞑ったまま四つの羽をいつもより素早く羽ばたかせ始めたのだ。

 すると彼女の羽からは、緑光の微精霊達がまるで鱗粉のように零れ落ちた。それらはキラキラと光り輝きながら、天へと舞い昇っていったのだった。



 最初はとても驚いたが、しばらくの間、ネベルはその幻想的な光景を眺めていた。


「それは…………祈りか?」


 自然とそう口にしていた。するとピクシーはそっと目を開けこう答えた。


「分からない。でもたくさん死んだからだと思うよ」


「コイツらは悪い奴だぜ。それでも祈りを捧げるのか?」


「分からない。でもさ、はじめから悪い物なんて無いんじゃないかな」


 いつの間にかピクシーはネベルの事をじっと見つめていた。その瞳はまるで欲しい物をねだる子供のように。

 なぜだかピクシーは、ネベルにも同じようにして欲しかったのだ。


「ネベル君」


 ネベルはしばらく考えこんでいたが、エクリプスを地面に突き刺すと、朧気な記憶を頼りに胸の前で十字を切る動作をした。そして鞄から人工酒を出すと辺りにバラまいてピクシーにこういった。


「フン……これで今回の貸しはチャラだからな」


「ええっ なによそれ~」


 二人は暗闇を抜ける。


 振り返るとコロニーの周囲には血や死肉が散らばっていた。まるで地獄だ。


 黒魔法使いに殺されたこのコロニーの人間たちだって、こんな事をしたって生き返るわけでは無い。この世界では強くなければ生き残ることは出来ないのだ。


 だが過去に何があったにせよ、最初の目的だった黒魔法使い達による大量虐殺は防ぐことができた。これで無益な血が流れることも無い。

 ネベルは金儲けでなく純粋な人助けをして、慣れない達成感を感じていた。


「ところでさ」


「なんだね、ネベル君」


「それだ。その、ての。やめてくれないか。普通に呼び捨てでいいだろ」


「ええっ? ……いいの?!」


「あ? いいだろ。そっちのが呼びやすいだろうし」


 不思議そうな顔をするネベルに対し、ピクシーは少し嬉しそうに頷いた。


「えへへ、分かった!!! ほら、いくよネベル! 新たな冒険がわたしたちを待ってるんだからっ ぼやぼや、しなーい!」


「(あれ? なんか余計ウザくなった?)」


 ネベルとピクシーは次の目的地へと向かった。

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