DareDevil Diver 世界は再起動する

カガリ〇

原書の獣

第1話 魔合

 ─侮ることなかれ

 空想が現実となり、悪夢が災いとなって降りかかる。

 死者の霊、悪魔、ウィッチ、レプラカーンやドラゴン。

 異世界の住人たちは、1000年の時をもって日常となる。

  恐るることなかれ─


 ヴォイニッチ手稿 改め、ヴォイニッチ予言書より 第57項 新世界開合




 西暦1912年 イタリア


 のちに、ヴォイニッチ手稿と呼ばれるこの古書は、人には理解できない完全に未知の文字言語で記されていた。


 現在まで解読されないその文章も謎だが、挿絵の意味もまた意味不明。

 植物や水槽。女の裸体などの奇妙な絵図が、ほぼ全ページに渡り描かれているのだ。


 暗号説、捏造説。もしくは未発見の文明の証明。ひょっとすると、宇宙人が人類にあてたメッセージなのかもしれない……。

 古文書についてはほとんどが未解明のため、あらゆる可能性が推測された。


 これまで世界中の天才たちが書に挑んできたが、未だ解読には至らず。

 この古書は、長らく考古学者たちの探求テーマの一つであった。


 

 ──西暦2408年 東京市モデル


 そして、ヴォイニッチ手稿は今日。長い時を経てその一部がようやく解読された。


 しかし本の中身は、虚妄きょもうで埋め尽くされた戯言の塊であった。

 現実的に考え、ラノベじゃないんだ。異世界ファンタジーなんてありえない。

 これは、考古学者たちの期待していたモノとは大きくかけ離れていた。

 

「ココに書かかれてあるのは本当なのか?」


「悪魔?ドラゴン? 馬鹿げてるとしか思えない!!」


 非科学的で、まるでオトギ話のようだ。多くの考古学者たちは肩を落とした。

 25世紀の科学を持ってしても、ドラゴンなどの存在はやはり非現実ファンタジーだったのだ。


 当時の文化的史料の一つとしたって面白くない。完全に偽造文書確定である。

 また科学者が求めていたのは知識であって、予言などというカルトでは決してなかった。


 学者たちは古文書の内容を受け、ヴォイニッチ手稿に未知の言語体系などは最初から無かったのだと判断した。

 捏造されたか、もしくはデタラメに書かれたものが偶然そう見えただけだと。


 だがそれでも一部の学者たちは、解読した予言についてしばらくの間はまだ真面目に議論を続けていた。

 しかし当然、このように荒唐無稽な怪文書など、段々と話題にする事すらバカバカしくなるもの。

 それに、ずっとおかしな研究に携わっていては奇異の目にも晒される。


 やがて人々の記憶から、ヴォイニッチの予言は完全に忘れ去られていった。 



 かの有名なノストラダムスの大予言「空から恐怖の大王が降って来る」の方が、抽象的な分まだ信憑性があっただろう。まだマシというやつだ。


 しかしもちろん、この予言は的中することになる。

 そうでなければ、この物語は先には進まないからだ……。




 話は変わるが、この時代の一般的な生活についても話しておこう。


 この時代の人間は、まだ哺乳類だったがより精神生命体に近かった。

 つまり人々は、カテドラルスペースと呼ばれる仮想空間の中で、一生を過ごす事になっていた。


 脅威的な進化を遂げた超科学文明では、現実空間での身体的フィジカリティな活動など、もはや無用の長物だった。

 わざわざ道路を歩いたり、物を取るために立ち上がるようなことも無くなっていた。


 世界各地の都市部には大きながいくつも建てられ、人工羊水とナノマシンの詰まったと呼ばれる生命維持装置が何万台も設置された。

 人々はプールを通して自意識のみをバーチャルワールドにアクセスし、仮想空間カテドラルスペースの中で、快適で何不自由のない個々の人生を謳歌していたのだ。


 肉体から解脱した仮想空間カテドラルスペースでなら、まさにどんな願いも叶った。

 そこでは念じるだけで炊事からプログラミングまで出来るし、そもそも食事の必要すらなかった。

 また、外見(アバター)を自由に変え憧れの対象に成り代わることも、超人的な力であらゆる欲望を満たすことさえ可能だったのだ。


 この時点で、人口の大半が仮想空間カテドラルスペースで生活するようになってから、すでに百年余りの年月が経過していた。


 仮想空間カテドラルスペースではあらゆる衣食住すべてが揃う上、理想どおりの最高の生活が出来る。

 よって、わざわざつらい現実世界で生きようとする物好きはいない。


 それでも地上で暮らしていたのは、産業用ロボットとアンチダイバーという反仮想空間の思想を持つ10億あまりのわずかな人間くらいだった。



 繰り返そう。仮想空間カテドラルスペースでは全てが思い通りになる。

 

 しかし、全てが良い事ばかり。ではなかった。



 仮想空間カテドラルスペースの中で暮らす人々の瞳には、プログラムで形作られた幻想の空しか映る事は無い。


 それは現実リアルの空に現れた予言の兆候、魔界からやってきた青い月の存在を見過ごす結果を招いたのだ──。




 2422年

 忘れさられていたヴォイニッチ手稿の予言が顕現される日。

 空想が現実になるときが、ついに訪れた。


 のちに、魔合まごうと呼ばれる人類史上最悪の出来事である。



 月と太陽。そして異世界から来た青い月。

 星々の影は一つに重なり、やがて辺りは白く明るい闇に包まれた。

 いわゆる蝕という天体現象だ。


 (月は不気味に微笑む。まるで悪魔が終末を予見したかのように)


 何の変哲もない月だったそれは、突如、ギラギラと禍々しい輝きを放った。

 光はあっという間に世界を覆い包んだ。

 そして魔界と現世は融合を果たし、新世界は創生されたのだ。



 魔界には未知の微生物が存在していた。

 魔合によって、それらは世界に数多くの影響を及ぼした。


 その最たるものが、魔力という概念をこちら側の世界に持ち込んだことである。


 大地は魔力を秘めた緑光の結晶体で覆われ、空では火を吐く7匹の怪鳥が奇声を上げながら舞い踊る。

 暗黒の中、肉の焼ける匂いと共に血煙が天まで立ち上り、誰もが否応なしに終焉を知覚させられた。



 だが、こんなことは全く大したことでは無かった。次の事柄に比べれば……。

 そう。これ以上に最悪な事があったのだ。


 それはつまり、魔界から来たモンスターたちが、仮想空間カテドラルスペースで人々が眠る塔をブチ壊して回ったことだ!!!



 アンチダイバー達はなんとかその破壊を止めようとした。

 だが、狂暴な牙を持つモンスターによって、逆に数を減らされてしまった。


 大量のプールのある塔をいくつも壊され、仮想空間カテドラルスペースで暮らしていた人間はすべて死に絶えた。


 200億まであった人類は、わずか2億にまで数を減らした。


 それ即ち、文明の崩壊である。

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