17 皇宮からの召致
タビサが里帰りして三週間ほどが経った。その間、エウフェミアは後輩がいない寂しさを感じながら一人で寮の管理を行っていた。
その日、エウフェミアは休みだった。
癖づいているため、目が覚めたのは日の出の時間だ。しかし、朝食の準備の必要もないため、ゆっくりと支度をする。そして朝食の時間になると、通いの家政婦の用意した食事をいただいた。それが終わると部屋に戻り、机の上に置いてあった本を手に取る。
それは前にトリスタンが教えてくれた貸本屋で借りた娯楽本だ。何がいいかよく分からなかったのでオススメされた物を三冊ほど借りてきた。
(今日はこれを読んで過ごしましょう)
まだ借りた本はそこまで読み進めていないが、活字を眺めながら過ごす時間は穏やかで心地が良い。まだ今のところはずっと手元に置いておきたい本は見つかっていないが、それを探す楽しみもある。
ゆっくりと頁をめくっていると、にわかに外が騒がしくなったのに気づく。複数の人の声が聞こえる。
(どうしたのかしら)
不思議に思って窓の外を見る。しかし、そこからは事務所の建物しか見えず、何が起きているのかも分からない。エウフェミアは栞を挟んで本を閉じると寮を出る。そこでちょうどゾーイと鉢合わせた。
「ああ、良かった。この騒ぎは――」
「ちょっと! なんで出てきてるのよ! 早く中に戻って!!」
理由もわからないまま、ゾーイに寮に戻される。そして、彼女は玄関の鍵を閉めると二階のゾーイの部屋へ向かう。
「これで一旦は安心ね」
ゾーイは部屋の鍵も占めると、額を拭う。それからこちらを振り返った。
「落ち着いて聞いてね。今、事務所の方にエフィを出せって人たちが押しかけてるのよ」
「…………え?」
「詳しいことは私もよくわからないのよ。皇宮の官吏のようなのだけど、とにかくエフィを連れてこいの一点張りで理由も何も教えてくれないの。今、会長が交渉してるところで、それが終わるまで隠れてて欲しいって」
エウフェミアは困惑するしかなかった。
皇宮の官吏、ということは帝国の役人だ。そんな立場の人間がエウフェミアに会いに来るなんて理由が全く思い浮かばない。――いや。
一つだけ心当たりがあるとすれば、先日アーネストから聞いた話だ。世間的にエウフェミアは病死していることになっている。しかし、実際は違う。こうして元気に生きているのだ。
もし、その嘘が発覚して、ここにエウフェミアがいることが帝国に知られて役人がやってきたのだとしたら。そこまで考えて、エウフェミアは疑問を覚える。
(……その場合ってどうなるのかしら)
生きている人間を死んだことにするのは良くないということは分かる。しかし、そのことが明るみになった場合、イシャーウッド伯爵は何か処罰をされるのだろうか。そもそも、その場合、エウフェミアはどうなるのだろう。イシャーウッド伯爵と復縁することになったり、あるいはガラノス邸に戻ることになるのだろうか。
――そんなのは嫌だ。
せっかく色んな事を知れて、自分の道を歩きだしたのに。また、あんなところに戻りたくはない。
そんな不安を抱えたままゾーイと待機をしていると、扉が乱暴にノックされた。
「俺だ。開けろ」
その声は聞き覚えのあるものだった。ゾーイが扉を開ける。廊下に立つアーネストの表情は険しい。
「どうなりましたか?」
「エフィを皇宮に出頭させることになった。俺も同行する。……おそらくしばらく帰ってこれない。後のことはトリスタンに任せてる。アイツの指示に従ってくれ」
「分かりました」
ゾーイへの指示を終えると、今度はエウフェミアの方を向く。
「そういう訳だ。身支度をしてついてきてくれ」
「あの――」
それ以上の言葉は出てこなかった。アーネストはゾーイをチラリと見ると、もう一つ指示をする。
「悪いが、コイツの荷物を代わりにまとめて来てくれるか」
「分かりました。――ごめんね、エフィ。勝手にクローゼットとか開けさせてもらうわよ」
ゾーイは一言断ると部屋を出ていってしまった。階段を降りる足音が聞こえる。一階のエウフェミアの部屋に向かったのだろう。
エウフェミアは改めて話し出す。
「あの、お役人の方が何のご用なのでしょうか? 先日教えてくださった件が関係しているのですか?」
「いや、それは違うはずだ。官吏は『エウフェミア』ではなく、『エフィ』を呼べと言っていた。つまり、『ハーシェル商会のエフィ』に用があるってことだ」
「…………そうなのですか?」
「考えてみろ。お前は廃道で見捨てられた。それ以降のお前の行方をイシャーウッド伯爵が把握しているわけがない。エウフェミア・ガラノスをハーシェル商会が拾ったことは俺とトリスタンしか知らない。俺たちのどちらも、この話を誰にもしてない。お前のサインがされた雇用契約書だって俺の部屋の金庫に厳重に保管している。役人に漏れるわけがない」
確かにアーネストの言うとおりだ。少しだけ安心する。
「それにどうやら今回の件にタビサが関係してるようだ」
「タビサさんが?」
予想外の人物にエウフェミアは瞬きをする。アーネストは一層苦い表情を浮かべる。
「予定より戻りが遅れてるが、何も連絡がないから心配はしてたんだ。伝手を辿って連絡を取ろうと思っていたが……どうやらトラブルに巻き込まれたようだな」
タビサの帰りが遅くなってることはエウフェミアも知っていた。しかし、そのことをアーネストに聞いた際は「移動の関係で戻るのが遅くなる。目処が分かったら伝える」と言われていた。どうやら、心配をかけさせないために嘘をつかれていたらしい。
「俺はお前とタビサ二人の雇用主ということでどうにか同席を許してもらった。一度皇宮で詳しい話を聞くぞ」
「…………分かりました」
頷きながらもエウフェミアは妙な胸騒ぎを感じていた。
これからタビサが正式にハーシェル商会の一員になり、エウフェミアは新しい仕事も任せてもらえるようになるはずだった。なのに、その未来が崩れていくような、そんな不安が頭から離れなかった。
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