12 ガラス職人の家


 翌朝、三人は馬車でガラス職人をしているというフィランダーという老人の家へ向かった。


 道中の道はどんどん険しくなり、馬車の揺れもひどくなる。森の間の道を走っていると、途中で廃屋を見つける。一つ、二つ。そこを通り過ぎると、煙突のある石造りの家が見えてきた。


 小屋の横には大量の薪が置かれ、煙突からは煙が立ち昇っている。また小屋の前には一人の少年が立っていた。歳は十代前半くらいだろう。赤毛をしている。


 馬車から下りるとアーネストはその少年に声をかける。


「元気だったか、キム」

「はい。こんにちは、アーネストさん。トリスタンさん」


 彼は丁寧にお辞儀をしてから、アーネストに続いて馬車から下りてきたエウフェミアに視線を向ける。


「こちらの方は……?」

「うちの従業員だ。手伝いで連れてきた。邪魔させてもらうぞ」


 そう言ってアーネストは返事も聞かず、ノックもせずに中に上がりこむ。


「おーい、フィランダーの爺さん。まだ生きてっかー?」


 慣れた様子で奥の方へと進んでいく。玄関の扉前でまごついていたエウフェミアはトリスタンと少年――キムに促されて、小屋の中に入る。


「お邪魔します」


 玄関を入るとそこは台所兼居間のようだった。所狭しと物が乱雑に置かれていて、本来より狭く感じてしまう。トリスタンに続いて奥へと進むと、広いスペースに出る。


 入り口近くの壁沿いには沢山のガラス細工や食器が並び、どれも質のいい物であることは見てとれた。奥には溶鉱炉が置かれ、真っ赤に燃えているのが分かる。


 その前には頭に布をまいた老人が椅子に腰をかけており、その隣に立つアーネストと話している。


「…………また来たのか」

「冷たいこと言うなよ。せっかく顔を見に来てやったっていうのに」

「……商品は毎週納品してる。お前がわざわざ来る必要はなかろう」

「喜べ。今日は美味い飯を食わせてやるよ」


 物静かな老人と対照的にアーネストの声はいつもより明るい。どこか子供のような無邪気さがある。老人――彼がフィランダーなのだろう――疑うような視線を向ける。


「……お前が? お前が飯を作ってるところなんぞ一度も見た覚えがないが」

「いや、作るのはそっちの女だ」


 視線を向けられ、エウフェミアは「エフィと申します」と頭を下げる。 


「うちで雇ってる家政婦みたいなもんだ」

「……そんなものまで雇えるようになったのか」

「従業員のためだよ。うちも大所帯になってきたからな。身の回りの世話をやる人間がいたほうが楽なんだよ」


 話せば話すほどフィランダーの顔は苦いものに変わっていく。


「……まったく。ハーシェルが生きておったら、なんと言うか」

「『自分が死んだら好きにしていい』って言ったのは親父だぜ」

「…………そういう意味ではなかろう」


 老人は深い、深い溜息を吐く。それから近くにあった道具に手を伸ばす。


「……ここにいられたら邪魔だ。向こうに行ってろ」


 仕事を始めた老人にアーネストは無言で背を向け、入り口を指してエウフェミアたちに外に出るように示す。居間に戻ってきたアーネストは口を開いた。


「じゃあ、まあ、爺さんの仕事が終わるまでやれることをやろうぜ。キム、何か手伝うことはあるか」

「そうですね。薪割りを手伝ってもらえると助かります」

「――だそうだ。トリスタン任せたぞ」

「はいはい。分かってるっスよ」

「エフィ。お前はこの部屋の掃除を手伝ってやれ。それが終わったら食事の準備だ」

「かしこまりました」

「俺はちょっと外の様子を見てくる」


 アーネストはさっさと家を出て行ってしまった。残されたエウフェミアはキムと一緒に部屋の掃除を始める。作業をしながら会話をしていく中で、エウフェミアは彼がフィランダーの孫であるということを知った。


「他の家族はブロウズに移り住んだんですけど、お祖父ちゃんは頑なに嫌がって。でも、お祖父ちゃん一人じゃ家事とか雑用とか、生活できないので、僕がお手伝いとしてここに一緒に住んでるんです」

「お弟子さん、なのですよね?」

「いえ、違います。本当にただのお手伝いです。お祖父ちゃんはすごい職人なんです。誰よりもガラスの扱いが上手いんです。火の精霊サマに愛されているんです。お祖父ちゃんの跡を継げるのは同じように火の精霊サマに愛された職人じゃないと駄目なんですけど……お祖父ちゃんに認められる人は全然いないんです。だから、お祖父ちゃんが死んだらこの工房は閉じないといけません」


 キムは悲しそうに俯く。先ほどチラリと見ただけでも、フィランダーの作る作品の素晴らしさはすぐに分かった。あれだけの職人技術を継承できないのは悲しいことだろう。


 二人で掃除を終えた頃、アーネストが帰ってきた。薪割りを終え、一息入れていたトリスタンが上司に抗議する。


「何やってたんスか。一人でサボってたんですか」

「んな訳ねえだろ。俺もやることがあったんだよ」

「こんな山奥で何をすることがあるんスか!」


 しかし、当人はどこ吹く風だ。彼は居間を見回し、「綺麗になったな」と呟く。それから、エウフェミアとキムの手にある物を見て、怪訝そうな顔をする。


「なんだ、それ」

「はい。魚を捕りに行こうと思いまして」

「さかなァ?」


 メインとなる肉料理の食材は買ってきたが、新鮮な食材に勝るものはない。この家に魚釣りの道具があるということだったので、魚料理も出そうと決めたのだ。ちなみにエウフェミアが持っているのが網と籠、キムが持っているのが釣り竿だ。


「魚を捕るのは得意なんです。会長も一緒に行かれますか?」

「いや――」


 アーネストは一度黙り込む。


「そうだな。俺も一緒に行く」

「え゛!?」


 驚きの声をあげたのはトリスタンだ。アーネストは部下を睨みつける。


「若様、魚釣りしたことないですよね!?」

「ねえよ。やるつもりもねえ。ついていくだけだ。暇だからな」

「――暇って」

「行くぞ」


 アーネストはエウフェミアから魚捕りの道具を奪うと、玄関扉から出て行った。


 川には十分ほどで到着した。川幅の長い、流れのゆったりとした川だ。エウフェミアは服の袖をまくると靴を脱ぐ。


「エフィさん、何してるんスか?」

「魚捕りの準備です」


 アーネストから円形の網を受け取り、それを構えてすくう動作をしてみせる。


「実家にいた頃、湖でよくこうやって魚を捕っていたんです。久しぶりなので楽しみです」

「こうやってって――」

「ずいぶんと原始的な漁法だな。それで捕れんのか?」

「捕れますよ。会長もやってみますか?」

「いや、いい。俺はそこで見てるから、お前ら勝手にやってろ」


 そう言うとアーネストは河原の大きな石に腰かけ、煙草を吸い始めた。魚釣りの経験があるというトリスタンは釣り竿を手にし、キムはその傍で様子を窺っている。準備を終えると、エウフェミアは一歩川に足を踏み入れる。


 冷たい水の感触。川と湖の違いはあるが、こうしているとガラノス邸にいた頃のことを思い出す。湖で魚を捕る時間がエウフェミアは好きだった。もう見えないとしても、水の精霊たちを感じられる気がするからだ。エウフェミアは昔と同じように網を構えた。

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