本編

 夏祭りの会場を一通り回って大いに楽しんだ後、イベントの目玉の一つである肝試し大会に参加する為、特設ステージの隣へとやってきた。

 特設ステージでは、今まで一度も見た事のないゆるキャラとの撮影会が行われている。

 ゆるキャラとの撮影会よりも、肝試し大会の方が多くの参加者で人集ひとだかりができていた。

 暑い夏でも、一時の間だけ涼む事ができる為か大盛況の様子だ。

 肝試し大会の列へ並ぼうとした際、同い年くらいの見ず知らずの少年に声を掛けられた。


 ◆


 ※肝試し大会に参加するの?

 すごいね! 怖くないんだ?

 僕も参加しようと思ったんだけどさ、一人じゃどうもつまらないと思ってね、良かったら一緒に連れてってくれない?

 そうこなくっちゃ、道中よろしくね!

 もし道に迷う事があれば言ってね、一応この辺りは僕の地元でもあるから土地勘は持ってるつもりだよ。

 ちなみに、どうしてこの夏祭りの日に肝試しをするか知ってる?


 それはね……暗い場所で彷徨さまよっている子供達が集まってくるからさ……なんてね……。


 あははっ、冗談だよ冗談、気にしないで!

 それじゃあ、さっそく出発しようか!


 ◆


 歩いてると体温が上がって暑くなってきたね、喉は渇いてない? 大丈夫?

 そう、大丈夫なら良かった。

 僕は大丈夫だよ、喉は渇かないから。


「鬼さんこちら手の鳴る方へ……鬼さんこちら手の鳴る方へ……鬼さんこちら手の鳴る方へ……」


 近くで子供の声と手を叩く音が聞こえるね。

 だめだよ、行っちゃだめだ、手の鳴る方へ行かないで、手の鳴る方へ行くと、暗い場所へ迷い込んでしまうかもしれないから。

 きっと隠れんぼをして遊んでるだけだから、気にしなくていいよ。


「来ないなら……こっちから行くよ……?」


 だめだめ、返事をしちゃいけないよ。

 ここは子供達に気付かないふりをして、先へ進もう。


 ◆


 そこそこの距離を歩いてきたから、そろそろ疲れてきてるんじゃない? 大丈夫?

 まだ疲れてないんだ? 元気だね!


「ねぇ、遊ぼ? ねぇねぇ、遊ぼ? 鬼ごっこしようよ?」


 またどこからか子供の声が聞こえてきたね。

 だめだよ、遊んじゃいけないよ、一緒に遊ぶと二度と帰ってこれなくなるかもしれないから。

 子供達はたくさんいるんだからね、僕たちが一緒に遊ばなくてもみんな悲しんだりしないさ。


「遊んでくれないのなら……言いつけてやる……」


 だめだめ、気にしちゃいけないよ。

 さぁ、立ち止まってないで先へ進もうか。

 でも……いったい誰に言いつける気なんだろうね……。

 なんだか少し、モヤモヤしてきたよ。


 ◆


 だいぶ長い距離を歩いてきたね、一旦休憩しようか? 大丈夫?

 休憩の必要はないって? ちょっと元気すぎない?

 一旦休憩がてら水分補給をしたほうが良いよ。

 熱中症対策には休憩も大事だからね。

 僕は疲れる事はないんだけど、なんだか少し眠たくなってきたよ。


 あれは……。

 カラス……。

 一羽だけじゃない……。

 複数のカラスが鳴いてる……。

 まずい……早くここから離れた方がいいかも……。

 

「アァ——」


 一羽……。


「アァ——カァ——」


 二羽……。


「アァ——カァ——ギャ——」


 三羽……。


「アァ——カァ——ギャ——ガァ——」


 四羽……。


 この場所でカラスが同時に四羽鳴くと……決まって悪い事が起きるんだ……。

 この辺りの地元に昔からある言い伝えでね……。

 待って! 静かに! 何かがこっちへ向かって来る音がする!

 さっき子供の声はカラスの仕業だったのか……言いつけるって……まさかアレの事なんじゃ……。

 大丈夫! 落ち着いて!

 今から何があっても声を出しちゃいけないよ!

 アレは声に対して敏感びんかんに反応するんだ!

 声を出さずに、静かにさえしていればアレに見つかる事はないから!

 足音が近い! すぐ近くまで来てる!

 来る! 来るよ!

 来た! 来たっ!!


「い”ー”な”い”か”……い”ー”な”い”か”……こ”ど”も”は”い”ー”な”い”か”……つ”ー”れ”て”っ”て”や”ー”る”ぞ”……く”ー”ら”い”く”ー”ら”い”ば”し”ょ”に”……だ”ー”れ”に”も”あ”え”な”い”……な”ー”い”て”も”か”え”さ”な”い”……わ”ー”ら”っ”て”も”か”え”さ”な”い”……」


 ——。

 ————。

 ——————。

 ————————。

 ——————————。


「い”ー”な”い”か”……い”ー”な”い”か”……ど”こ”に”も”い”ー”な”い”か”……い”ー”な”い”か”……い”ー”な”い”か”……ど”こ”に”も”い”ー”な”い”か”……い”ー”な”い”か”……い”ー”な”い”か”……ど”こ”に”も”い”ー”な”い”……」


 ◆


 良かった……どうやら諦めて去っていったようだね……。

 寿命が縮まるかと思ったよ……。

 アレはおにと言ってね……遠い昔この辺りに住んでいた鬼なんだ……。

 泣き鬼は百年に一度だけ空腹状態におちいり、腹が減ると獲物としてこの辺りで暮らす子供を探しに村へと現れていたんだ……。

 泣き鬼には視覚がなくてね、その代わりに聴覚が異常に発達してると聞いた事があるよ。

 泣き鬼の恐ろしい姿を見ても、決して声を上げちゃいけないんだ……。

 泣いて声を上げた子供は泣き鬼によってさらわれてしまうからね……。

 僕はこの目で実際に見るのは二度目だよ……。

 初めて泣き鬼の姿を見た時……その姿があまりにも恐ろしくて泣いてしまったんだ……。


 ——気付いたようだね。


 僕は遠い昔、この辺りの土地で暮らしてたんだ。

 夏祭りの日に泣き鬼に攫われて……その……凄く……暗い場所へ……。

 泣き鬼は大きな口をがばっと開けて……容赦なく一呑ひとのみで……。

 ごめんね、今日はせっかくのお祭りの日なんだから悲しい話はもう止めよう。

 毎年ね、夏祭りにこの場所で肝試し大会を開催するんだ。

 遠い昔に泣き鬼の仕業で暗い場所へと攫われた子供を、未だに暗い場所で彷徨さまよっている子供達を供養くようする為にね。

 遠い昔の出来事なのに、未だにここの地元の人達は僕達の事を哀み、想ってくれてるんだ。

 いつまでも暗い場所にとどまってないで、明るい場所へ、賑やかで楽しいお祭りにおいでよって言ってくれてるみたいだよね。

 みんな愛に溢れてて、凄く優しいんだ。

 だから僕も、この辺りの地元に住んでいた子供達も、みんなみんな夏祭りに参加するんだ。

 って、気付かない内に肝試し大会のゴール地点に無事辿り着いてたね。

 一緒に連れてってくれて、ありがとう!

 嬉しかった! 凄く、凄く楽しかったよ!

 家族や友達みんなと夏祭りを思いっきり楽しんで、素敵な思い出をたくさん作ってね!

 それじゃあ、バイバイ!


 ◆


 少年は満面の笑み浮かべ、こちらへ向けて元気に何度も手を振っていた。

 ぬるく心地の良い優しい風が吹いて思わず目を閉じると、つい先程まで目の前にいた少年の姿は見えなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今宵は夏祭りへ 川詩 夕 @kawashiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画