第3話
「おい、圭介」
大学で唯一喫煙が許されている場所で話しかけられた。サークルの先輩の松浦だ。
松浦は水色の珍妙な頭をした男で、町田の居酒屋でワインボトルを一気飲みしたことで学部の英雄となった。留年生にもたいへん尊敬されている。
「お前にも彼女ができたんだって? いいじゃないか。男として一皮剥けたって感じだ」
「いやいや。彼女がいると大変ですよ」
「メンヘラか何かか? そういう時はビシッとやらんとあかんぞ」
「そういうわけではないんですが」
コーヒーを飲み干してから、タバコに火をつける松浦。「コーヒーとタバコは合う」というのが持論である。
圭介は一度松浦の彼女を見たことがある。本当に酷い有様だった。彼の部屋はわずかに湿っており、その湿り気の中心にそれはあった。圭介がもやのようなものの中のそれを見ると、そこには四肢がもがれた女性がいた。
槍が、彼女の腹部に繋がれていた。そして、よく見ると複数の穴が腹に開けてあって、槍は何度も抜き差ししたようだった。その時、松浦は良く言ったものだった。「この槍を彼女に撃ち込むと、良い声が出るんだ」そうして、何度も何度も彼女に槍を刺した。
しかし、そうした邪智を孕んだ男こそあの彼女に槍を撃ち込むことができる人間なのかもしれないと思って、圭介は言った。
「僕の彼女と会いませんか? 松浦さんの槍の腕を見たいんです」
すると、へへっ、見せてやるか。と意気揚々と腕まくりをして、快諾をした。
彼女の家に二人がたどり着くと、チャイムを鳴らしてからややあって、エプロンをつけた彼女がお出迎えした。
「圭介くんと……松浦さんで会ってる? カレーを作ったから食べてよ。作りすぎちゃったんです……ってやつだ」
そうして圭介は彼女からの手料理を食べた。松浦は大袈裟に驚いて、美味い美味いと言って見せて、「スパイスが効いている」「ジャガイモの切り方が可愛らしい」などさまざまなところを褒めた。そうした振る舞いが圭介に欠けていることを指摘されているかのようだった。
「嬉しくなってしまうね。しかし、圭介君の褒め言葉の雨あられには負けるようだ」
「圭介は普段は口下手で、てっきり上手く褒めることもできないんじゃないかと思っていたが、そうなのか」
「そうだよ、もう彼の話術はギリシャ神話の詩人の域だよ。そうすると、私の耳だって孕んでしまうものだ」
圭介は恥ずかしくなった。
「おいおい結婚まで秒読みか。俺のテクニックを見せるまでもないか」
「松浦さんのテクニックってなんですか」
「クレー射撃だ。本部大会2位」
松浦は無から競技用ショットガンを取り出す。ショットガンは持ち手に比べて砲身が長く、ドラマや映画のものと比べるとちょっと奇妙に見える。楽器のようだ。
彼女は武器を見て恥ずかしそうに笑う。松浦は数度弾を放つ。
「はーい」
松浦は銃の様子を確認して弾を再装填する。
「はーい」
もう一度彼女に向かって銃を撃った。圭介は彼女に注目する。これまで自分がやっていると、目に入らないようなことがわかってきた。彼女はダメージを受けた先から再生している。しかし、完全に無傷というわけにはいかないようだ。彼女から落ちた肌色の粘土。これが失われると彼女は一段階小さくなる。
松浦は次々に弾丸を体に撃ち込んでいく。体幹がぶれていないので、弾はまっすぐと飛んでいき彼女の巨乳の中央を刺す。すごい射撃の腕だと思った。
「でも、そういうのじゃないかもしれない」
圭介は無に向かって言葉を放った。松浦が射撃を中止すると、圭介は彼女の方に詰め寄った。
「嫉妬した? 変わらないものだと思った?」
「嫉妬したよ。誰にも渡したくないや」
松浦はその話を聞いて居心地が悪いと思った。カレーが美味かったことについての賛辞を改めて述べて、荷物をリュックサックの中にしまった。帰りの準備を始めてそくさくと家路に着いた。
最後に「良い夜を!」と気の利いてるのか、気が効かないんだかわからない言葉を二人に投げかけて、彼女のこの家の重い扉を開けて出て行った。
松浦が帰ると、辺りに散らばっているものを彼女は片づけ始めた。中には、骨のようなものが落ちていた。圭介もそれを手伝って一つの箇所にゴミをまとめておいた。その間に彼女が高級そうな掃除機を取ってきて、一気にゴミを吸った。
「ダメじゃないか。人に頼ってしまったらさ」
圭介は、耳が痛くなった。しかし、頼られていることが嬉しいようでもあった。初めてできた彼女なのだ。塩梅がわからないのも致し方あるまいが。
「もう人に頼らないよ。約束を守る」
「それは重畳だ。よく私のことを見てくれよ」
圭介は不思議な気分になって、彼女の側に近づいた。ほおにキスをした。すると、彼女は気分が悪くなったような顔を見せた。
「こちらにも準備があるんだぞ」
すると、圭介の手には槍があった。この槍を彼女に撃ち込まねばならないと思った。槍を彼女の体に差し込んで、体の臓器を丹念に潰した。
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