焔の印 ―2―
夜の天蓋が覆うノーチェスの端。トリウスの領地に近い場所で、旭たちは対峙する。うっすらと太陽の日差しが差し込む。月の影響が少ない森の奥では、夜か朝かも分からない風景が広がっていた。
旭が振り返ると、今度は国綱が息を切らしながら辛そうな声で旭を呼び止めた。旭は苛立っているのか、振り返ろうともせずに足を止める。
「待てよ、旭。ヴェローニカは……もう『七曜』に協力するつもりは、ないんだ」
「……誰がそんな話を信じる?」
「僕が証人だ。信じろ」
旭は呆れて声も出せなかった。静まり返った空間では息を吐く音が鮮明に聞こえてくる。国綱は刀を鞘に納め、力無く立ち上がって旭に詰め寄る。突き飛ばせばまた倒れてしまいそうなほど弱々しい。旭は顎を突き出し、見下すように国綱を睨む。もはやそれは親友を見るような目ではなかった。
「お願いします、騎獅道さん。私たちに敵意はありません」
「……例えば。これは例えばの話だけどな」
旭はそう言って話し始める。
「もし、神精樹の古書館での襲撃が、誰かによって仕組まれたものだったとしたら……お前はその犯人を庇えるか?」
「気づいて……いたんですか?」
「俺は天才ってやつでな。何か企んでやがるってことくらい一目で分かる。特に、お前みたいにウジウジしてるやつならな」
月が陰る。一瞬、太陽の光が照らす。
「どうせお前は利用される側だ。足洗ったところでまた同じことを繰り返す」
「……っ! 私は――」
「親に使われるだけの人形、それ以外のなんだ?」
「……なんで、あなたが……それを」
ヴェローニカの血の気が引く。震えた声を出して怯えるヴェローニカにはもう声を出す力すら残されていなかった。
「お前くらい、いつでもどうとでもできた。お前の正体も、目的も、知らねぇとでも思ったか?」
「……なんで、黙ってたんだ」
「さぁ? なんでだったか、もう忘れちまった」
ただの気まぐれだったのかもしれないと考えると、目の前の男が心底恐ろしく感じられた。ヴェローニカは踊らせれていただけなのだ。
「窮屈な生き方してんな。そんなんで楽しいかよ」
言葉が止まらないことを、旭は自覚していた。ヴェローニカを責め立てる言葉が次々に出てくる。何故かヴェローニカに対する苛立ちが止まらない。
生き方が、境遇が似ていた。かつての自分と、重なった。昔の自分を見ているようだから、見ていて苛立つ。気に入らない。
今すぐに殴ってやりたい気持ちを抑えつけて、旭はへたり込むヴェローニカに近づいて、ぐしゃっと髪を掴みあげて無理やり視線を合わせる。泣いてぐしゃぐしゃになったヴェローニカの顔が、太陽で照らされる。そんな情けない表情を目にして、旭は言う。
「いっ……痛っ……い……」
「甘ったれてんじゃねぇよ。誰かがお前を助けれくれるほど、この世界は優しくできちゃいねぇんだ」
声は荒いでいない。重く、深く、絶望的なほどな現実を叩きつけるような声で旭はヴェローニカに言った。
「お前の人生が気に入らねぇなら、お前が変えろ。お前がやるしかねぇんだよ」
「やめろ、旭!」
乱暴にヴェローニカの髪を掴む旭に国綱が手を伸ばす。愛する者に向けられた手は届くことなく――
「――あ、アア……あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
悪夢の怪物によって阻まれた。
「なっ!?」
突如音もなく現れた
国綱が刀を抜く。だが、国綱は
「あ、ぁぁぁあ……」
「……旭を、見てる?」
「マたオレの夢ヲ阻むノカ! キュウエン!」
直後、突進してくる
(
喋らされているような細工はされていない。当然、今の声が
「俺を指名か? だが、おあいにくさま――」
「俺は騎獅道 旭だ!」
旭はメモリアの忘却によって記憶を失っている。忘却が消し去った記憶。1つは自分の名前。これは必要性の欠片もない、メモリアの単なる嫌がらせだ。2つ目は、モニカ・エストレイラに関するすべての記憶。
そして――
焔の印のことを、旭は忘れさせられている。
「”
旭が焔の魔法を使ったその瞬間、空気を焦がすほどの熱が満ち溢れる。それと同時に――
「……あ?」
旭の身体を蝕む『焔の印』が広がる。右半身を焦がしていた『焔の印』は左半身にまで及んでいた。今回、焔の魔法を使ったことにより『焔の印』は更に旭の身体を侵食する。
まだ全身にまで広がってはいない『焔の印』。だが、旭の制御しきれない力を抑える役割も果たしている『焔の印』は、今回の侵食によって力を失いつつあった。
「なん……だ?」
焔の魔法が、暴走を始める――
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