エモール・コルム
授業も終わった放課後、窓の外からは楽しそうな話し声が飛び込んでくる。誰もいないがらんとした教室には整然と並べられた机と椅子。心做しか晴れ晴れとしているように輝く月明かりが窓から差し込んでいる。
授業が終わったあと、まだ姿を見せていない旭を心配しながらも、モニカはゆっくりと帰り支度をしていた。そんなモニカを見たレオノールは「そこら辺にいるはずだから、すぐ捕まえてくる!」と言って教室を飛び出て行ってしまった。そんなレオノールを待っているうちにクラスメイトは続々と帰っていってしまい、最後にはモニカ1人になってしまったのだ。
(せっかくなら、エモールさんのところに行こっかな)
まだまだ時間がかかりそうな予感がしていたモニカは、教室に書き置きを残し、フィスティシアに言われた5層の1番西側の部屋に向かう。エモールが用がある、とのことらしいが一体何の用だろうか。モニカはエモールの企みを想像しながら誰もいない廊下を歩く。
「旭、大丈夫かなぁ……」
大きく息を吸うと独特な木の匂いがする。リラックスできる心地よい自然の匂いがモニカが抱いていた不安な心を落ち着かせる。
床の木目を眺めながら歩いていると、コツコツと前から誰かが歩く音がした。慌ててモニカが顔を上げると、もう前方には誰もおらず、歩いていた人はモニカを通り過ぎて行ってしまっていた。
(……あれ? あの人、制服じゃない……)
振り返って見てみるとその人物はバウディアムスの制服を身につけていなかった。学園の関係者か教師の誰かだろうと思い、モニカは気にせず歩いていく。
窓から外の景色を眺めて歩いていくと、いつの間にか例の教室の前にまでたどり着いていた。エモールが何かを企んでいるということは分かっていたのに、ちっとも怪しむ素振りを見せずモニカは教室の扉を開いた。
「失礼します」
「あ、モニカっち!」
子犬のようにはしゃいで満面の笑みを浮かべているエモールがそこにいた。清潔そうな白いシーツの上には本物と見間違うくらい精巧な作りの義手が置かれている。エモールはモニカに一声挨拶をするとその義手に向き合った。
「すみません。今忙しかったですか?」
「ううん、全然! こっちが読んだんだからそこら辺は大丈夫だよ」
エモールは片手で器用に義手を手入れしている。カチャカチャと音を立てて細かいパーツを丁寧にはめ込んでいる。恐る恐るその様子を覗き込むと、モニカはとんでもない事に気がついた。
「う、腕が……」
「ん〜? そう。腕だよ〜」
「腕がないじゃないですか!」
「え? あ〜、モニカっちは知らないんだっけ」
「ど、どどっ、どういうことですか!」
ちょうど完成したらしい腕をプラプラ揺らしてエモールは楽しそうに笑いながら説明を始める。存在しない左腕の付け根には機械の結合部のようなものがあり、義手はそこにはめ込むのだということが分かる。
よく見ると、反対側の右手にも左手と同じような機械的な箇所がいくつか見えた。両腕が義手なのだろうかと、モニカは聞いてはいけないことを聞いたかもしれない罪悪感を抱く。
「あたしは
「……お、オート……マタ?」
聞き覚えのない言葉にモニカは一瞬戸惑う。だが、意味は分かる。『全知』の影響でモニカは知らないことまで理解することができているのだ。
「でも、
「うん。だからあたしは特別」
そう言うとエモールはガバッといきなり制服を脱ぎ始める。
「ちょっ……何してるんですか!」
「あれ、引っかかっちゃった。モニカっち助けて〜」
「そ、その……下着、見えてますから!」
「え〜? 女の子同士なんだからいいじゃん。照れてるの?」
モニカは顔を赤くて目を塞いで視界を閉ざす。エモールは服をひっくり返したままもごもごと口を動かしている。モニカはゆっくりと目を開き、細めのままエモールの服を脱がしていく。そして、エモールの素肌が顕になった。
「…………え?」
恥ずかしげもなくエモールは自分の素肌をモニカに見せつける。そこにあったのは現実とは思えない光景だった。人間性の欠けらも無い、機械的で血の通わない腕、胴、腰から下まで、すべてが人形のような身体。モニカは思わず息を飲んだ。
「やば。モニカっち以外に誰もいないよね?」
「そ、そういう問題じゃありません!」
モニカは両手を机に叩きつけて声を荒らげる。揺れる机。エモールはまるで人間のように身体をビクッと跳ねさせる。からんと何かのパーツが振動で床に落ちた。
「……どういうことですか? これは……一体なんですか?」
「も、モニカっち? なんでそんなに怒ってるの?」
「だって!」
震える声でモニカは訴える。そんなことが、あっていいはずがないのだから。機械の身体。どうしてそんなことが許されるのかと、モニカは心の中で打ち震える。
「そんなの……そんなの、おかしいです! 辛くないんですか!? なんで、笑っていられるんですか!」
「ちょ、ちょっと! ちゃんと話聞いてよ!」
エモールは大声でさけぶモニカを宥めながら抱きしめる。『全知』を使った影響からか、今のモニカの精神はギリギリの状態だった。感情的になっているからか、モニカは怒りでプルプルと震えながら、目には大粒の涙を浮かべている。
「落ち着いてよ。そんな怒ることないって、大丈夫」
そう言ってエモールは胸の中心に手を当てる。
「見てて」
子どもみたいに涙を流すモニカを椅子に座らせてエモールは続ける。厳重そうな箱を取り出し、指紋の認証でかこんと音が鳴る。箱が空くとそこには、モニカの持っている『鍵』と同じようなものがあった。
「これはあたし専用の『鍵』。これのおかげで、あたしはあたしでいられるの」
胸に『鍵』を突き刺し、エモールはゆっくり鍵を回す。差し込まれた光の鍵穴が反応し、扉が開くように胸にある箱が開かれる。そこは、歯車と機械で作られたハート型の何かがあった。
「これがあたしの動力。ただの
そう言ってエモールは胸の中からハート型の動力を取り出す。本物の心臓のようにドクン、ドクンと拍動し、歯車は絶え間なくクルクルと回っている。
「勘違いさせちゃってごめんね? でも心配しないで」
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