静かな古書館

 そうして、一先ず古書館での出来事は幕を下ろす。様々な疑問も、多くの問題を残して。



「……目覚めてしまったか。魔導書グリモワールめ。厄介なことをしてくれたな」



 少し傷ついた本を片手に、マーリンは司書の傍に寄り添う。司書は気持ちよさそうに眠っているようではあるが、身体中に傷が目立つ。建物の倒壊に巻き込まれたらしい。



(だとしたら、私の責任だな)



 とある魔法使いが作り出した樹。今まで鉄壁を誇っていた神精樹は、マーリンによって砕かれた。魔女マーリンは改めて自分の行動の過ちを振り返る。



(派手に暴れすぎたな……溜め込んでいた魔力がパァだ)



 魔女として闘う時、どうしても加減が効かなくなってしまうのがマーリンの悪い癖だ。強大な力を持つが故に、制御が効かない。だからマーリンは普段、自分の力に制限をかけて魔力を溜め込んでいる。だが、それも今回の襲撃でほとんど使い果たしてしまった。しばらくはまた、『凡常』に逆戻りだ。



(まぁ、それもいいか)



 心地よさそうに眠る司書の頭を撫で、マーリンは微笑む。『凡常』でいる間は、マーリンは普通でいられる。壊された壁の先に人影が見えた。月明かりの逆光マーリンは目を細めた。



「ふふ。まだ警戒してるぞってことか」




 人影の中で、誰かがマーリンを見ている。この光は警告だ。


 次に私の生徒に手を出したら……


 そんな言葉が聞こえてくる気さえする。



「これからどうなる事やら」



 ふと、マーリンが耳を澄ませると音が聞こえた。一般人の避難は済んでいる。古書館にいるのは、マーリンと司書だけ。それ以外には、誰もいないはずだ。足音が近づいてくる。しんとした空気の中に緊張が漂う。月明かりはもう消えていた。ゆっくりと近づいてくると、薄明かりが怪しく正体を明かす。



「はぁ。君たち、しつこすぎるぞ」


「初めまして、『終極しゅうきょくの魔女』殿。小生は日曜ドミンゴ。『七曜の魔法使い』の1人でございます」



 白いスーツを着た男が現れる。似合っているとでも思っているのか、髪型はオールバックだ。気持ちの悪い笑みが憎たらしい。



「何の用だ」


「この度は小生の仲間がご迷惑をおかけ致しました。此度はに訪ねさせていただきました。ただ、入口が壊されていたのと、管理人の方がいなかったので……」


「不法侵入だ」


「申し訳ございません。貴方様の気に障るようなことは致しません。これはただの挨拶ですよ」



 日曜ドミンゴは不気味に笑う。マーリンは問答すらせず、少し先で倒れたまま動かない水曜ミエルコレスに目をやる。身体はピクリとも動いていない。水曜ミエルコレスは、致命となったマーリンの一撃を食らってもなお無理をして動いていた。その命はとっくに途絶えていた。



「……もう死んでいるよ」


「ええ、


「悪趣味だな、貴様らは」


「ですがこれも小生らの悲願のため」



 冷たくなった水曜ミエルコレスを抱え、日曜ドミンゴは振り返って歩き出す。恐らく、次の回収に行くのだろう。襲撃してきたもう1人の『七曜』、木曜フエベスは今――



「もう1人の女も、私が殺したよ」


「……左様ですか。ではどこに?」


「ちょっと加減を間違えちゃってね。跡形もなくなったよ。あれを見れば分かるだろう」



 マーリンは壊れた神精樹の壁に目をやる。日曜ドミンゴはなるほど、と頷いて納得したようで、足早に場を後にした。



「では、目的は果たしましたので、小生はこれで……」


(これで『月詠』のところにはいかないだろう)


「あぁ、そうでした。最後に1つ」


「なんだ」


「いつか、小生の「美術館」にご招待しましょう。は必要ですからね」



 誰が行くか、とマーリンは悪態をつく。足音は遠ざかり、小さくなっていった。ようやく静かになった古書館で、マーリンは司書と共にゆっくりと眠った。

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